銀の髪、金の紐。




さらり さらり

先ほどから、鼓膜を揺さぶる音が…小さくしている。
波のように寄せては返る、頭や耳元付近を行き来する、僅かな感触と共に。

暗い瞼の裏に射し込む、眩しい朝の白い光――

触れそうで直には触れない、近いようで遠い感触の波に身を委ねていたアイズは、目覚める寸前でまどろみながら……段々意識がはっきりしてくるのを感じていた。

けれど、目を開けようとすると、その何とも知れない感触に邪魔される。
いや…快感と言ってもいいかもしれない。
強くはない、弱い……漣のようなやさしい気持ちよさに、上下の瞼が仲良しにくっついてしまう。

起きようと思うのに。

けれど、それがだれの仕業によるものか――アイズは分かっていたので、もう少しそのままで居ようかとも思った。

一方で、早く目を開けて、その顔を拝みたいとも思っていたが。

陽の光が射し込む部屋。明けた朝の白いベッドの上で――
彼は、どんな顔をして、自分の髪を弄っているのだろう?

時々、考え込むように止まっては
再び流れるように、この髪を梳く。


何が楽しいんだ?


くり返し同じ動作を重ねる彼に、不思議にそう思い、
でも、どことなく…自分も楽しんでいる節があるのを、認めない訳にはいかない。


このままだと… もう一度眠ってしまいそうだな


言葉もなく、気持ち良い感触だけにまどろんでいればいいこの空間が壊れるのは、少し惜しいが。
そう思った時、ふと彼の指が離れ、スプリングの付いたベッドがギシンと軽く揺れた。
どうやら、ベッドを降りたようだ。
途端に、中途半端に放っておかれるような物足りない気がして、居心地が悪くなる。
遠ざかっていく彼の気配に、寒さを覚えた。
温かい陽射しを浴びて、毛布にくるまっていると言うのに。


(……重症だな)


つらつらとそんなことを思えば、すぐに彼が戻って来る気配がした。
何となく、弾むような空気。再びベッドの脇に腰掛けたらしい彼が、いそいそと何かを始めようとしていることが感じ取れた。がさごそ、と言う微かな音。ひゅるん。

……何だか微妙に嫌な予感がして、アイズは目を開けることを決意する。
そっと、彼の指が再び髪に触れた瞬間。


ぱち。


「あ」


・・・・・・・・・。


「何をしている?」

それは訊くまでもなく一目瞭然だったのだが、思わず、訊いてみずにはいられなかった。
振り返って見れば、目の前には、手を伸ばしたまま止まっている彼の固まった顔。
そして、その脇には備え付けの鏡台から持ってきたらしい櫛と、何処から持ってきたのか不明な―― 一本の、金色のリボンがあった。

「・・・・・・・」

再び沈黙して、的中した嫌な予感の中身を、上半身を起こしたアイズが顔を顰めて見る。
まさか…とは思うが、間違いなく……


彼はこの自分の髪を、これで結ぼうとしていたらしい。


「…お前は、子どもか?」

何とも言いようがなく、半ば呆れて真顔でそんなことを問えば、彼が慌てつつちょっとムッとしたような表情を作る。

「ちが…っ …その、あんたが起きないから!だから、ちょっと…」

その間に、ふと思いついてしまった事を試しに実行しようとしただけで。

本人が寝ていればいいという問題でもないだろうそれは。
思いつつ、余りに他愛ない――そして意外にも子どもっぽい彼の思いつきに、今度は可笑しくなって思わず笑みを零してしまった。

熱心にこの髪を撫でているかと思えば、そんなことを考えていたのか。
油断大敵とも言い難いが、ほんとうに……微笑ましすぎて、何とやらだ。
しかし、自分が起きている以上は、そのようなリボンで結ばれるのは流石に――御免である。

ところが、彼はばつが悪そうにそわそわしつつも、目線を櫛とリボンにやり…それから、じぃっと名残惜しそうに、この髪に目をやった。
「・・・・・・・・」
ひょっとして、諦めていないのだろうか。
と言うか、片手で櫛を握っているのはどういう訳だ。無意識か、それは。

数秒の無言の攻防に、ハアと息を吐いて先に目を伏せたのは、アイズの方であった。


「随分と、弄っていたな」

「…起きてたのか?」

「半分寝ていた」

それは半分起きていたと、そういう意味だ。

「楽しそうだったが…――そんなに、好きか?」

「は?」

「この髪が」

その問いに、僅かに目を丸くした後……彼は、逡巡しつつも頷いて答えた。

「ああ。まあ…綺麗だし」

躊躇いなくそう答えた彼に、今度はこちらからじぃっとした眼差しを注ぐ。

「…何だよ?」

「結んでもいいぞ」

「えっ」

居心地悪そうに視線を反らしかけた彼が、一転驚いたように声を上げ、見つめ直してくる。
そんなにやりたいのかと、聊か複雑かつ、量り切れない相手の心情を不思議に思いつつ、

「ただし、条件がある」

「何だ?」



「お前からの、キス一つだ」



―――絶句。

その条件に目を開いて固まった相手を見て、これでこの話はお終いだな、とアイズは思った。
何故なら、これまでに彼からキスを仕掛けてきたことなど、一度もないからだ。
加えて、涼しい顔して平然としているように見せかけて、彼はやはり並の奥手で照れ屋である。(共に朝を迎える関係になってからも)
だからこそ、ちょっとした悪戯心でそんな条件を持ち出したのだが。

諦めたかと思い、少し残念に思いながらも、下手に玩具にならずに済んで安心したアイズがベッドから降りようとすると――


ぐいっ


「ッ?」

一瞬だった。
肩を掴まれたと思ったら、顔にかかる影、アップになった妙に真剣な彼の顔。

――強引で素早い、勢いで押し付けるような彼からのキス。

―――

ほんの一瞬でその唇が離れた後も、アイズには言葉がなかった。
信じられず、驚きすぎて、寝起きの頭が着いて行かなかったのである。
だがしかし、唇に僅かに残る感触に、無意識に手をやって……それから、らしくもなく赤くなった。

勿論、それ以上に赤くなった彼が目の前には居たが。

「取り引き成立だ。ほら、後ろ向け!」

ちょっと待て。

そう言う間も余韻に浸る間もなく、身体を反転させられてしまう。
常ならそう簡単に動かされる筈もないのだが、今は色々と吹っ切ったらしい自棄に強引な彼の力に負けた。プラス、到底今のアイズは、頭がきちんと回っているとは言い難い状態であるからでもある。

しゃっ しゃっ

無言のまま問答無用で、彼が手にした櫛で髪を梳き始めていた。
そのくすぐったさに、目眩がする。
本気にしたのか、とか、一体これはどういう状況だとか、もうそれはぐるぐると混乱と呼ばれるものが回っていたりしたのだが、普段から冷静な無表情が板についているアイズの顔は、当然と言うか、全く変化が見られない。

「・・・・・・」

耳の上の隙間に、そうっと丁寧に指を通す彼の動作。
地肌に伝わる冷たさと体温に、思わず目を閉じた。

そしてアイズが本来の調子を取り戻す前に、手先は器用らしい彼が最後の仕上げとばかりに、左右からつまんで纏めた髪に何重かに巻いたリボンを、きゅっと頭上で結び上げた。

その小さな音と満足そうに零れたため息に、ちょっとアイズは項垂れた。

「出来たぞ」
「…そうか」

もうこれは諦めた方がいい。今更諦観するのも遅すぎるが。(むしろ手遅れだろう)
すると、これまたいつの間に持って来ていたのか、手鏡を彼が差し出してくる。

「見てみたらどうだ?」

にやにやと。
非常に楽しそう――否、自分の有様を確実に楽しんでいる彼を見て、ちょっと憮然とする。
が、おとなしく手渡された手鏡を取って、その中に映る自分の姿を覗き込んだ。

――…」


銀の髪に、絡まる金色の紐。


――陽の光が当たって、それぞれ輝く色合い加減は、悪くはなかった。
それ以外の感想はまともに聞きたくないから頼むから言ってくれるな。


「似合うぞ」


その願いも空しく、彼があっさりとにこやかに、聞きたくない感想を述べる。
しかも本気でそう思っているらしい辺り、いくら無感情と誤解を受けがちなアイズでも、ふつふつと復讐の念が沸いてきた。いや、取り引きだから文句のつけようがないのだが。

キス一つと、髪をリボンで結ばれるのと。

どちらが重いかと言えば、それは言うまでもなく――


「意外だったな」

「?」

「あの条件でお前が頷くとは思ってもみなかった」

「あー…// そう、だな」

やった当人もそう思っているらしいあたりが終わっている。

「こう、その場の勢いってやつだ」

「ほう……勢い、か」

それでいいのかお前は、と内心で突っ込みつつ、何を思ったか…ニヤリ、とアイズが笑みを浮かべる。
それと彼の腕を引っ張って、再びベッドの中に連れ込むのはほぼ同時だった。

「ぅわっ!?」

起きてから大分時間も経って、冷え始めていたシーツの上に戻されて、歩が小さな悲鳴を上げる。
引っ張られた勢いで、ごろんとベッドの上に横になってしまったのだ。
その上に、覆い被さるようにアイズが圧し掛かる。珍しく、惜しげもない愉しそうな笑顔で。

「なら、これもまた勢いだな」
「ちょ…っ ちょちょっと、待て!;」
「何だ。勢いに水を挟むな」
「そういう問題かっ!朝っぱらから…ッ// …仕返しのつもりか?言う通りにしてやっただろ!?」
「ああ。確かに報酬は貰った。この分の支払いは後払いだ」
「何っ?;」
「後で、気が済むまで好きなだけ、結べばいい」
「そういう問題じゃねえ――っ!!(汗)」

暴れる歩を押さえつけて、言葉どおり勢いそのままに、アイズは今度は自分からキスを贈る。







「どうせなら、髪ではなく俺と遊べ」







「……あんた、まさか自分の髪に嫉妬してんじゃないだろうな?」

その真顔かつ悪戯気な台詞を受けて、歩が呆れたように訊き返す。

「さあな」

それに対する返答は、どちらとも取れる曖昧なものであった。

「って言うか……その、そのままで…?;」

何と言うか、自分でやっといて何なのだが、流石に――可愛いらしいリボン結びで髪を結っている(しかも似合う)男に、組み敷かれたくはない。

「ああ、そうだな。丁度いいから使わせてもらうか」
「え?(汗)」

何だか非常に嫌な予感が――;;



……この後、あくまで「朝っぱらからは嫌だ!//」と抵抗する彼の手首に、アイズが金色のリボンを捲きつけて活用したというのは……あくまで彼らのみが知る、可愛らしいお遊びの話である(笑)











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Thanks!
砂音様のサイトよりフリーDLでいただいてきましたv
ちょっと幸せすぎて眩暈が…///
歩君に髪を結われたアイズ様が超見てみたい…。
でもたとえリボンが超絶可愛く似合っても、その可愛らしい姿で「どうせなら〜」のあたり、えらくカッコイイですアイズ様。さすがですね☆
この自然に幸せな雰囲気が大好きです。