おはよう
開けた窓から聞こえる雨の音。
昼食後の眠りから覚めた歩は、照明のつけてなかった筈の部屋の明るさに不思議そうに目を開けた。
相変わらず外は曇り。
時々気付いたように降る雨のせい洗濯物が吊るされたリビングは少しかび臭い。
部屋から持ってきたらしいタオルケットを中途半端に肩にのせて、歩はぼんやりと顔を上げる。頭上は張られたロープに乾きかけのタオルがずらりと並び、まるで運動会に飾られるたくさんの国旗のようだ。
薄く目を開けてみていた歩だったが、耐え切れなくなったのか。まだ冷め切らない頭をかくんと傾けると、寝ていた床へと再びダイブ。
しかも頭から。
「うわっ」
寝ぼけた彼の様子を見守っていたものからの短い警告。
とっさに受け止めようとした身体は間に合わない。
ゴツ。
鈍い音。
聞いてる方も思わず顔をしかめたほどの音の大きさ。しかし当の本人は目覚める気配なく、ただ静かな部屋に響く、規則正しい呼吸音のみ。
「なんつー寝汚さだよ。おい」
苦笑いを浮かべてゆっくりと歩に近付くのは浅月香介。
つい先ほどからここにいた彼は今日の午後、つまり今。鳴海歩と遊ぶ約束をしていた。
約束した時刻通りにやってきてインターホンを鳴らすものの、家主は一向に現れない。いぶかしんでドアノブを回すと、何故か鍵がかかっていない。更にいぶかしんで中へと入ると、眠りを貪る少年とのご対面。
そうして只今現在へといたる。
「・・・ったく。鍵かけねぇで寝るなよな。無用心すぎっぞ」
ぶつくさ言いながら複雑な顔して、眠る彼を見下ろした。
寒そうだからと歩の自室から香介が持ってきたタオルケットを巻き込んで、彼は起きる気配もなく眠っている。それもかなり無防備に。
いつのまにか雨はやんでいた。
彼はまだ目覚めない。
「おい。歩」
「・・・ん」
呼びかけにぴくりとまぶたを震わせる。
香介は肩に手をやって体を揺らした。
「歩」
ゆさゆさゆさ。
「ん〜・・・」
更にまぶたが震え・・・否。眉が歪んで、肩に置かれた手を乱暴に払いのけた。
「るさい。寝かせろ」
寝返りを打たれて再び寝息。
これはどうやっても起きないだろうと判断した香介は、気の済むまで寝かせてやるかと判断する。
(甘いよなあ)
彼に。
きっと今、誰かに甘いと言われても絶対に反論できない。
彼は自分に対して容赦ないくせに、だ。
(いや、俺だってやる時はやるけどな)
甘いところは甘いところ。
譲れないところは譲れないところだ。
ともかく移動させようと、タオルケットに巻かれる彼を抱き上げて、ベッドの方へと連れて行こうとする。
と、そこで。
揺れる感覚と床とは違う柔らかい感触に、歩は重いまぶたを完全に開いた。
「・・・・・・」
緑の瞳とこげ茶の瞳がかちりと合う。
「おはようさん」
とりあえず挨拶。
愛想笑いも忘れずに。
「・・・・・・」
再び沈黙。
五秒、黙考。
十秒、現状理解拒否。
十五秒、現状理解。
「ーーーーーーーーっ?!」
「おー。よーやく起きたか」
満足してにまりと笑う香介に、何か言おうとした歩は眉をしかめた。
「・・・・・・額が痛い」
香介は先ほどの出来事を思い出してちょっと目をそらしてから、
「あー。それは自分のせいだから我慢しろよ?」
「なんかやったのか? 俺」
聞かれたことには重々しく頷く。
「ちょっと、寝ぼけて床に正面激突をな」
「う」
聞いて余計痛くなったのか、額に手をやって少し顔をしかめる。
「おい。大丈夫か?」
「・・・もおいい」
不機嫌にもごもごと腕から抜け出そうとする。
慌てて香介はもがく彼を押さえつけた。
「ちょっ! ・・・おいっ、アブねーだろっ。いきなり動くなっ」
「嫌なんだよ」
むすりとした声と顔に、とりあえず状況を確認して問いかける。
「お姫様抱っこがか?」
「当たり前だっ」
これ、運ぶとき楽なんだよなと付け加える香介に断言して、かなり近い相手の顔に慌てて近寄るなとわめきたてる歩。
それがちょっと香介には面白くない。
仮にも恋人の顔を目覚めた最初に見たくせに、吐いて出たのは「寄るな近寄るな」の憎まれ口。
甘い雰囲気とか照れたりとか恥らったりとかいうものを、歩に期待する方が間違っている気がしなくもない。むしろ女子に頼むべきだその反応は。
それはともかく。色気なく威嚇する相手に、香介は不機嫌に忠告する。
「お前、ちゃんと鍵しとけよ。玄関のドア開いてやがったぞ。誰か変な奴が入ってきたらどうする気だったんだよ」
珍しい相手の強気に、弱気になるより早紀にま嫌疑がもたげてきて、歩は口ごもりながらも反論する。
「それは・・・まずかったけどな。開いてなかったらあんた入れなかったぞ」
「いんだよ。ピッキングがあんだから」
「ピッ! ・・・・・・犯罪だっ。それは!」
うんざりしたような口調に、恨みがましげな声がそれに応じる。
「だいだい約束してたのに寝たくせに」
「・・・それは、悪いと・・・思ってるけど」
俯く彼に、怒ってねえよと香介は笑う。
「それに充分寝ただろーから、当然・・・付き合ってくれるだろうしな」
何かを含んだ笑い。そして、
どさり。
ベッドに投げ出されて、自分よりはるかに体格のいい相手に見下ろされた歩は、香介の喜々とした笑みに冷や汗を流した。
「ちょっと待て」
「はい苦情は受け付けませんー」
にべもない。
「香介!」
首筋を這う唇に震えながら、待ったをかけるべく体を押し上げようとした両手を封じられた。
「俺放って寝てた罰な」
「・・・罰かよ」
痛む額にキスを贈られて、諦めるしかないなと力を抜く。
雨の眠りの代償は、どうやらかなり大きいらしい。
BACK
- Thanks!
-
リンク記念に"雨天中止"の樹月様より戴きました。
カッコイイです!香ちゃんカッコイイです!
オプションで可愛い歩君まで…なんだか至れり尽せり…。
香ちゃん甘い…v でもやる時はやります(笑)
言葉通りにしっかり(ちゃっかり)してる香ちゃんもラブです。
樹月様、本当にありがとうございました!