このこねこのこ




 お日様はぽかぽか。絶好調の冬晴れ日和。
 そのうえ風もないとくれば、テレビで声高に暖冬は騒がれて、とても過ごしやすい陽気となる。
 だがそうなると、弊害がひとつ。
 寒ければあまり動かないものが、好奇心いっぱいに動き出すのだ。
「あれ? どこに行ったのかな?」
 買い物から帰ってきた理緒は、部屋にいるはずのある姿が見えないことに首をかしげた。
 食材を痛めてはいけないから、ひとまず冷蔵庫に全部納める。それからやっと探し始めた。
 といっても、そう大掛かりに探索しなきゃならないほどアパートが広いわけでもない。ぱたぱたと自室と玄関を行ったり来たりしているうち、頭上からの弱々しい鳴き声に気がついた。
「あっ、いたいた! 弟さん!」
 見上げてみれば、棚の上にぷるぷる震えるしっぽがひとつ。
 どうやら降りられなくなったらしい。ぺったんこな両耳と涙目の顔に湧きあがる衝動を堪えつつ、理緒は助けるために手をのばすか逡巡した。
 にゃんことは言え、大きさは幼稚園児並み。さすがにその大きさを、自分が受け止められるか不安だ。
 けれど、このままにしておけるわけもない。
「大丈夫? 降りられる?」
 両腕を広げて尋ねれば、にーにー鳴いていたのが嘘みたいに鳴き止む。まだ涙がたまった目で、きっとこちらを見据えると、思いっきり飛びついてきた。
「わ!」
 あわてて抱きとめる。
 ちょっとふらついたけど何とか支えきって、腕の中にすっぽり収まった相手を見下ろした。
「よかったね」
 やっと棚の上から逃げられた安堵感から、ぴょこぴょことしっぽを振って彼は頷く。耳もぴんとして上機嫌だ。
 鳴海歩。
 昨日までそう呼ばれていた相手は、ふっくらとしたほっぺたと大きな瞳、可愛い猫耳としっぽを付けてここにいる。
 なにやら彼の兄が異世界から通販したという薬のせいでこうなってしまったそうだが、ひとまず彼の義姉が夫に制裁……もとい粛清……いやいや武力を持ってしつける間、ひとまずここに預けられている。
 このくらいの小ささになると警戒心もあまりないらしい小さな歩が、ごろごろと鳴る喉を擦り寄らせてくる。その様が愛らしくて、理緒は、口元がゆるむのを抑えられなかった。
「はううう可愛い〜!」
 思わず叫べば、びくっと『子猫』が震えた。
 ぴんとしっぽを伸ばし、まん丸になった目で見上げてくる。その驚きようと可愛らしさに理緒もあわてた。
「あ、ごめんねっ。驚かせちゃった?」
「ううん」
 ふるふると首を振る。「へいきだもん」と舌足らずに言う歩がぎゅっと抱きついてきて、悲鳴があがりそうになるのを何とか堪える。
 この猫スタイルで会ってからまだ数時間なのに、もはや骨抜き状態である。
 そんな、顔を真っ赤にさせて悶える理緒を不審に思った様子もなく、子猫の歩はくりっと首をかしげた。
「また、どっか行く?」
「…っ大丈夫だよ! 今日はね、もうどっこもいかないから!」
「うん」
 力強く断言する。
 安心してにぱりと笑った歩は、また何を思い出したのか不安げにゆれた。
「どうしたの?」
「おにいちゃんは?」
 ああやっぱりこのくらいの年はまだ清隆様でも弟さんに慕われてたんですね、と当の鳴海清隆を崇拝しながらも「それはそれ、これはこれ」心情を抱える理緒が、大変失礼なことを思う。
 たずねた方も、笑顔の裏に何かドス黒いものを感じたのか、余計不安そうになったのを見てとって、理緒はなんとか安心させたくて微笑んだ。
「今頃はね、まどかさんとかひよのさんとか皆が制裁を下しているころだから、弟さんは何も心配しないでね」
「うん」
 はたして「制裁」の意味を知っているのかいないのか。ほっとした顔の歩に、もし意味を聞かれても答えないことにこっそり決めた。
 そんな中、歩がごしごしと目をこする。
「あれ、眠いの?」
「……うん」
 答える声も眠そうだ。はふ、とあくびする姿に、本当に眠いのだとわかる。高い所からの救出と、気になってた兄のこともわかって緊張が切れたらしかった。
 毛づくろいするみたいに頭をなでると、歩は気持ちよさげに目を細めた。
「あたしも一緒にいるから、弟さんは寝ちゃっていいよ」
「…行かない?」
「うん行かない。行かないよ」
 暖かくなったクッションの上に乗せてやると、そのあったかさに抗えなくなったのか、とうとう陥落した。
 丸まって眠るその姿をしばらく上機嫌で見つめていた理緒は、ふと思いついて静かに、だがうきうきと立ち上がった。

(ええっとデジカメ☆デジカメ☆)

 後日なんとか戻れた歩が理緒宅でその写真を見つけ、らしくなく絶叫を上げることになるのは、また別のお話である。










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Thanks!
サイト碧様にて7万打自爆記念に(笑)、リクエストさせていただきました。理緒と猫あゆv
なんとも趣味に走りまくった無茶な私の要望を華麗に成り立たせてくださいました。神業です。もううっとりするしか!(笑)
理緒の腕の中にいる猫あゆとか想像しただけでもう…お花が飛びます。幸せでたまらない空気が流れますよその空間!そんな空間を生み出してくださったすいさんにひたすら感謝。
面倒なリクに想像以上の物で応えてくださって本当にありがとうございました!幸せです(笑)