湯気の立つカップを2つ。両手にちょうどひとつずつ持ったまま、快斗は親友が座るソファの横に突っ立ってぼんやりと見ていた。
 なにをかと言えば、その親友の顔を。
 正確には、唇、を。
 本を読んでいる相手は俯いていて、時々何かを考えるように人差指が唇をなぞる。指に押されて柔らかそうに歪むそれをただじっと。何故か目が離せなくて。

 なぜだか、無性に、


「快斗?」


 コーヒーの匂いに惹かれて顔を上げた新一の呼び声にやっと我に返った快斗はまるでなんでもなかったかのように微かに笑ってカップを渡した。
 香りを楽しむように一拍を置いて、それに口をつけた新一が幸せそうに息を吐くのを見て、快斗も同じように溜息を吐いた。
「どうかしたか?」
「え…?別に?」
 なんで、と訊くように意外そうな顔で見返せば、「気のせいか」と新一はまた本に戻った。
 それを確認して、快斗はソファの前に座り込む。意図して新一に視線を向けないようにソファに背を向けて。

 どうしてだろう。


 物凄くおいしそうに見えた。


 困ったように眉を寄せて、甘いカフェオレを啜る。
 この自分好みのカフェオレの甘さなんてなく、あの唇はきっと苦いに決まっているのに。




* * *




 湯気の立つマグカップが2つ。
 両の手にひとつずつかけた取っ手の内、左側が自分用の甘いカフェオレ。右手にあるのは砂糖もミルクも混ざらない、香ばしさも一際な純粋コーヒー。
 ソファに深く沈みこむように座っていた新一に右手のソレを差し出しつつ隣りへ掛ける。と、匂いに誘われるように顔を上げた相手と目が合った。
「どーぞ」
「サンキュ」
 読みかけの本に栞を挟んで、新一はマグを受け取った。
 置かれた本にひとつ笑みを零すと、コーヒーを啜る新一が不思議そうに快斗を見た。
「前にさ、そうやって新一が本読んでたときにやっぱり俺がコーヒー淹れて、」
「うん?」
「持ってきてた時に新一の顔見て、」
 一口、カフェオレを口に含んで言葉が切れる。

 こくり、と飲み込み沁みこむ糖分。

「おいしそうだな、って思ったんだ」
「…は?何が?」
「唇が」
 新一の。続けた快斗の言葉に反射的に新一の指が自分の唇を辿る。
 ああその仕種だと思いながら唇に触れる指を外させてその"おいしそう"な唇に舌を這わせた。
 薄く開いた唇の隙間から入り込んで、お互いの舌が触れ合う。甘く口付けているはずなのになんだか味見のようだと深いそれにしては短いキスを終えて快斗は苦笑した。苦い。
「…お前、甘い」
 軽く寄せられた眉と率直な文句に自分も人の事は言えないな、と内心の思いは秘めておいた。
 やはりあの日の予想通り、彼の唇は苦いコーヒーの味がして。


 思えば既にあの時、自覚もなしに恋に落ちていたのだ。


「真ん中辺りが丁度良く微糖?」
 表面だけで触れるキスをひとつ、ふたつ、と重ねて呟く。

 甘く、苦く、まろやかに。

 相手の味しか分からないからそんな都合の良い味なんてしないけれど。
 お互いそんな中庸なものなど好みじゃないし求めてもいないのだから構わないのか、と小さく笑う。
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日記の文に後日談を加筆。


061115