ただそこにいてくれるだけで充分だということを、知っている?

 この日。

 ただ暇だったからと作った短い暗号をひとつ、快斗はテーブルに置いておいた。
 そして哀が見た時にはそのメモの脇にもう一枚、同じメモ用紙が置いてあった。
 ただし書かれているのは暗号を解読した結果で。
 曰く。

 " Love is blind. "

「…これを暗号にする方も方だけど、気にも止めずに解く方も方よね」
 小さく息を吐いたところで、暗号作成者が戻ってきた。
「あ、哀ちゃん」
「お邪魔してるわ」
「?…それ…」
「工藤君が解いたみたいよ」
 白いメモ用紙に2行の文。うち、解かれた文字の方は言葉としての意味など持たないかのように味気なく。そしてもうひとつは。
「『もっと難しいの寄越せ』…ね。新一らしい」
 もう一言の方は、更に情緒に欠けるものだった。
「…貴方達はいっそ交換日記の方が建設的かもしれないわね…」
「片方が暗号書いて、片方が解いて?」
 それは日記ではないとも思うが、新一の興味を効果的に引くには持って来いの能力だろうに。
「でも新一、解いた文章の意味を受け取る前に満足するだろうし」
 あんまり意味無さそうなんだよなー、と呟く快斗。もしかしたら哀が知らないだけでもう何度か試した後なのかもしれない。
「それでも、暗号を作って嫌われることはないと思うけど?」
「うん。それに純粋にお互い楽しいし」
 本当に鼻歌でも歌いだしそうな表情で哀からそのメモを受け取り、快斗はもう次の暗号を考えているようだ。
「……幸せそうで何よりね」
 目の前の相手も、そしてここには居ない彼も。

 なにより彼等を見て、それを感じている自分が。

 なんとも手軽な幸せだ、と小さく笑う。
「あ、灰原…頼まれてた本………?」
 ひょこりと現れた新一は、珍しい灰原の笑顔に何事かと問うように視線を動かす。
「貴方に感謝してたところよ」
「…俺、何かしたか?」
 眉を寄せた新一に、しかし哀は何も答えず頼んでいた本を受け取った。


「ありがとう、助かったわ」


 この謝辞が、何に対しての事なのかなど彼はずっと気付かないのだろうけれど。
「どう致しまして」
 やはり何でもないことのようにそう返される事に満足して、哀はいつも通りの顔で工藤邸を後にした。


 今日も今日とて、大きな進展もなく、自分の世界はとても平和だ。









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中途半端にこれにて終了。
お付き合い、ありがとうございました!