よれたシャツ。緩いネクタイ。
 だらしのない格好でぼんやりと空を見ている姿が、無性に違和感を駆り立てた。
「廉?」
 小動物が物音に反応するみたく小さく身体を震わせてから廉は振り返った。
「あ……修ちゃん」
「なにやってんの」
 訊くと、一回口を開いて言葉を取り出す前に飲み込むようにぱくりと閉じる。
 困ったように視線が泳いで、なにを表したいのか分からない手が落ち着きなくうろうろと動いた。
「別になにもしてなくてもいいけど」
「う、ん。…えっと、」
 それでも何か答えを返そうと努力しているのが分かる。
 その努力までを奪う気はしなくて、廉の前の席の椅子を引いて適当に座る。
 廉の机に頬杖をついて、さっきまでの廉と同じ視線で外を見ると、広いグラウンドの上に広がる青い空が見えた。

 ───違う。

 広がる空の下の、ベースに囲まれた小さな山。
 マウンド。
 途端に廉の見ていたものがすっかり分かってしまった。消えた違和感にどこかで安心して思わず浮かべた笑みに、同じようにほっとした廉がいた。
「野球したい?」
「したいっ」
 即答。
 キラキラ星が入ったみたいな目がまた同じように外を向く。
 小さい頃から変わらないその瞳が微笑ましくて、その横顔を見ていたら勢いよくこっちを向いた廉と目が合った。
 出会い頭の衝突事故のような目の合い方に廉も驚いたのか、一瞬目をまん丸に見開いてから困ったように顔を歪める。
 そしてその後で、照れたようにふにゃりと顔を緩めた。

「早く練習始まると、いい ね」

 幸せそうな顔につられるように笑って頷くと、もっと嬉しそうに笑った。
「でも、今日はとりあえず帰ろう」
 いつまでもマウンド眺めて教室にいるわけにも行かないからとそう言えば、廉は慌てたように帰り支度を始める。
 それに合わせて椅子から立つと、学校の椅子特有のガタリ、と妙に大きな音が教室に響いた。
 自分の鞄を掴んであたふたと荷物を詰め込んでいる廉を待っていると、余計に慌てた廉はごちゃごちゃに詰め込んだまま鞄のジッパーを締めた。
「ご、ごめ…修ちゃん」
「別にそんな慌てなくても俺逃げないけど」
「でも、待ってくれてるから…」
「うん。待ってるからさ」
 当然のように頷けば、意味を掴み損ねた廉はきょとんとした顔で固まった。
「慌てんなよ」
 もう一度言うと、固まっていたのが解けて意味が掴めないながらに緩く頷く。
 鞄を持って教室から先に出ると、後ろで律儀にドアを閉めてからついてくる廉。
 それをやっぱり少しのろい足取りで待っていたら「修ちゃん」と声がかかる。
 「ありがとう」と「ごめん」とを混ぜたような呼び方に「いいよ」と応えてから、ふと気付いた。今更。
「中学にもなって"ちゃん"付けって恥ずくないか?」
「え、う、あ。ヤ…?」
「別にヤじゃないけど…」
「え、じゃ ぁ……叶 くん?」
「今更苗字に君付けかよ」
 可笑しくて笑ってしまった。廉は困ったように色々と呼び方を変えているがどれもしっくりと来ないのかおろおろとした視線を向けてくる。
「叶 くん」
「いいよそれで」
「う、」
「じゃあ俺も"三橋"って呼ぼうかな」
「え、ぇ?」
「いつか三橋が俺を呼び捨てできるようになったらまた"廉"って呼ぶから」
 願掛けみたいにそう言えば、廉は戸惑いながら頷いた。
「頑張れよ」
 そんな些細な励ましに懸命に頷く廉が可愛くて、同い年の男子に『可愛い』なんて思う自分に少しだけ焦った。










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実は続きものの一番初めでした…。
気が向いたら続くかと。(期待薄)