あいさないかたち
 透明なガラス越しに、凍みるような冬の空気が見えるみたいだ。
 触れただけであっという間に曇り、冷気を伝えるその窓ガラス。それにまるで気付かないみたいに触れる白い指先を、ラビは数秒黙って見ていた。
 ふ、と揺らしてしまった空気に気付いて、相手が振り返った。
「ラビ」
 呼ばれて、仕方なくラビは逃げることをやめた。諦めるというにはいささか努力が足りない。初めから逃げる気もあまりなかった。
「どうして笑ったの?」
「いっつもこうさ」
「違うよ」
「そ?」
 気付かなかった、と冗談のように言うと、リナリーの方が笑った。さっき自分はこんな風に笑ったのかもしれない、とラビは思った。
 廊下に平行に作られた窓。ちょうど間に1つ、窓を挟んで2人は別の窓から外を覗く。
 昨日から降っている雪が地面をもうすっかり隠していて、辺りは白銀に染まっていた。
 だけど2人が見ているのは、その白の世界ではなく。

 白の中に佇む、黒。

「好きなのかな」
 問いかけではない。言葉の本意にラビは気付かないふりで少しずれた、だが率直な言葉を口にした。
「似合う、しょ」
「…うん」
 小さく頷いたリナリーの、どこか寂しげな横顔。
 その顔を見て。

 あぁ。
 彼女 『も』 か、と。

 他人事のように考える。
 実際他人事だけど、と視線を外に戻してみる。
 頭をすっぽりと覆うフードの上に白く薄く積もった雪。一体いつからそこにそうやって突っ立っているのだろう。
「さっきね」
「ん?」
「『風邪引くよ』って言ったんだけど」
「うん」
「『大丈夫です』って。根拠ないのに」
「うん」
「で、『すぐ戻ります』って」
 言いそうだなぁ、と思いながらまた頷く。
「もう30分経ったの」
 アホだ。知ってるけど。
「『すぐ』って何時間後なのかな」
 普通数時間後を『すぐ』とは言わないけど、彼に限ってなにか特殊な翻訳が必要なのかもしれない。救いがたい子供だから。
 どこか遠まわしな言い方をする彼女もまた、それを悟っているようだ。
「ガキだからなぁ…」
 主語のかけた話。
 視線だけが語る想いの救いようの無さはどれもどっこいどっこいだ。
「ラビは」
 中途半端に言葉を切られた。
 追求することもなく先を待って、募るのは静寂。
 深々と。深々と。
 降り頻る雪の先に、古い想いを透かし見る彼も。
 今は告げる言葉を持たずに佇む彼女も。
 始めることさえしない自分も。
 どうにも不毛で、救いがたく。
「リナリーは」
 待ちくたびれて先に言い出してみた。
「言ってやったんしょ、アイツに」
「……うん。」
「偉いさ」
「どうして?」
 素直な問いかけに、ラビは笑った。
「オレはしないから」
「…どうして?」
「ユウと違って言い損は趣味じゃないさ」
 多分予想外の答えだったのか、リナリーが小さく吹き出した。
 そうやって誤魔化してみせるけど、実際言い損はしたくないから。
 きっと言っても届かないから。
 結局彼が最後に取るものは、左目に刻まれた愛の証。
「…不毛だなぁ…」
 救いがたいこの想いを、白くかたどる冷えた空気。
 微かに笑って、ラビは窓から視線を外した。
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読みづらいかと思いますが、書くのは楽な感覚だけの文。