低温の指先
浮かんでいるような、沈んでいるような。
世界が霞んで遠のいていくのを、止める気さえ起こらなくなっていた。
「アレン君…?」
不安げなリナリーの声が聞こえて、あぁダメだ、しっかりしないと、と頭の片隅では思うのに、身体は言うことを聞いてくれない。
「…アレン君?」
引き止めるみたいに声がする。
「アレン君!」
不安が確信になって、リナリーが慌てたように肩を揺さぶる。けれどもうそれに反応することも儘ならない。
せめて謝らないと、と懸命に瞼を押し上げようとするのに、襲い来る虚脱感はどうにも拭えない。
「すみ…ませ…リナリー…」
「ダメ…アレン君っ」
「もう…無理…で…」
「やだ、アレン君待って、もうちょっと…!」
「後は…ラビに頼ん…で」
「ダメだよ…私…独りじゃ呼びにいけないよ…お願い…」
悲痛な、微かに震えた声が、少し可愛いと思って笑う。
でも、その『お願い』は聞けそうにもなくて。
「ホント…すみませ…」
「約束したのに…最後まで…ちゃんと一緒に…」
「ごめ…」
もう声を出すのも無理。
必死になって意識を呼び戻そうとしているのか、頬に細い指先の感触。
緊張のせいか、冷えた指先が何度か頬を叩く。その感触すらもう、感覚に残らなくて。
本当に、本当に申し訳なくて。その気持ちばっかりが先にいく。なのに身体の方は本当に無理だった。
「明日…ちゃんと…謝ります…から」
カクリ、と落ちるように身体から力が抜ける。支える力を持たないリナリーの指から離れて床に倒れたアレンを、リナリーは呆然と見つめた。
「アレン君…?」
また揺さぶってみても、冷えた指で頬に触れても、糸の切れた操り人形のように反応がまるでない。
「〜〜〜!どうしよう…」
泣きそうな声で呟いたリナリーの背後で、木製のドアが軽やかに音を立てたのはその時だった。
「だから無理だって言ったんだけどなぁ…」
案の定コレか、と床に転がっているアレンを覗き込んでラビが呟く。
仕事して徹夜してコムイに"修理"されたヤツがよく10分以上持ったと褒めてやるべきだろう。
「まさかそんなに疲れてると思わなかったの…」
「やせ我慢は得意だかんな」
気持ちよさそうに夢の世界に旅立っている顔を引っ張る。まったく反応がないあたりに深い疲労が窺える。
「リナリーもなんで夜中にわざわざホラー映画観るんさ」
「恐いもの見たさかな…」
「動けなくなってちゃ笑えないって」
「笑ってるじゃない」
可愛く睨むリナリーに反論もせず、ラビは確かに笑っていた。
眠ったアレンの右手を掴むリナリーの左手。
緊張とか恐怖とかで冷え切った彼女の右手とは裏腹に、きっと暖かいに違いないその指に、舌では感じるはずのない甘さを味わってラビは口元を手で覆う。
「ちょい妬けるさ」
どっちにも聞こえていないだろう言葉をぬるい温度の指先で誤魔化して、アレンの隣りに座り込んむリナリーに貸し出すために、ラビは別の片手を差し出した。
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『あいさないかたち』のずっと後みたいな。