零れてゆく罪悪
 きっと何が起こっているのか分かっていない。
 呆然と自分の顔を見上げてくる相手に、何も言わずに榛名は唇を重ねた。
 重ねただけのそれを離して、もう一度重ねて。無防備に半開きのそれに舌を忍び込ませてやっと相手は身を竦ませた。
 その反応を無視して、逃げようとした舌を追って絡めてやる。驚いたようにまた逃げた舌を今度は追わずに上顎をなぞったらまた身を竦ませる。
 そんな相手の腕を捕まえて、身体を床に押さえつけて本格的に口内を貪りだせば、微かな抵抗が返ってくる。それは下に押さえつけられている分、そして体格の分絶対的に相手の方が不利。
 抵抗が徐々になくなって、押さえ込む身体が熱を持ち始めて、呻くような声もなくなって、やっと榛名は相手を放した。


「はる、な…さ…ん…?」


 赤く潤んだ目。赤い頬。赤い唇。赤い舌。
 困惑を滲ませた声を無視して、首筋に唇を当てる。掠れた悲鳴のような声に喉が震えるのが、皮膚越しに伝わってくる。
 するすると皮膚を唇で辿って、同じように滑らせた手に引っかかった衣服を剥いでいく。そのついでとばかりに胸の突起を指で軽く弄くると、困惑声が完全に悲鳴に変わった。ただそれも、力のない掠れたものに変わりは無いけれど。
 指で弄くる度に硬くなるそれに舌を這わせて、少し上に唇をずらして赤い痕をつける。体温の上がった身体に、面白いくらい鮮やかにそれは残った。
 唇で肌をなぶりながら、空いた手で腰を撫でる。また微かに震えた身体に気付くが、そこをスルーしてもっと下に手を伸ばした。
「…はる…っ!」
 疑問や焦りを交えた呼びかけは、途中で途切れた。
 熱く、硬く立ち上がりだしたそれを布越しに指でなぞり上げたから。
「……ぁ…るな…さ……」
 びく、びく、と水揚げされた魚のように反応するのを確めるように何度か同じような動作を繰り返して、榛名はベルトに手をかけた。
「なぁ」
 やっと、一言口を開いた。
 呼びかけに、涙ぐんでいた目が微かにこっちを向くのが分かる。
 その瞳に浮かぶのが、どうしようもない不安と動揺と疑問ばかりだということに気付いて、今更に顔が強張った。
「なんで」
 どちらかと言うと緩慢な動きで留め金が外される。
 緩んだその隙間からゆっくりと熱くなったそれに指を絡める。触れられればどうしようもなく反応してしまうのは男としてしょうがないことだ。
 息を呑んで言葉を失った相手に、榛名は口端を少し持ち上げた。
「なんで、抵抗しないの」
 ずるり、と指を動かす。
「……ぁ…は、っん……」
 劣情を抑えられない声が漏れても、とてもそれを望んでいるようには見えない。
「なぁ、なんで?」
 残酷に問いながら、榛名は一方で自分に問う。


どうして、こんなことに。


 確かにこの相手にこういう気持ちを伴った恋情を抱いている。
 それでも、相手になんの許容もされないでこんなことをしでかす程のものではないと思っていた。
「なんで」
 さっき反応を示した腰のあたりを意地悪く柔らかに刺激しながら、甘さとはかけ離れた声がしつこく問う。
「……ぅ、な……さ、っ…ん……」
 掠れた声に顔を上げると、目を両手で覆ってしまった相手が、唇を戦慄かせながら必死で言葉を紡いでいた。
 喉を鳴らす呼吸と自分の指が紡がせる喘ぎとで、途切れ途切れの言葉が不意に。


「……ごめ……なさ……」



どうして。



 何度も。どう言葉を途切れさせても、彼の紡ぐ言葉の意味は謝罪でしかなかった。
 覆った手の内から零れる涙さえ、きっと怒りや悲しみやまして快楽によるものではなく、どうしようもない"罪悪感"を感じさせた。

あぁ、だから。

どんなに想いを伝えても伝わらないから。
どころかそれを、自分の責だと呵責に揺らぐお前だから。

「情けねー…」

なぁ、お前が好きなだけなのに。
どうしてこの行為に、互いに抱けるのは罪悪だけなんだ?
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