*最終巻ネタ。
『神埼も諏訪さんのこと好きなのね!!』
違うだろ!と心情的には突っ込む傍ら、それは妙にツボにはまる言葉だった。
「で、ケイちゃんと、結局、くっつきました、と」
「ハイ」
「ふーん?それはそれはオメデトーウ」
ぱり、と可愛いピンクの唇に挟まれたポテトチップスが少々の塩と欠片を机に落としながら割れる。
しかしながらどんなに整った唇で、可愛らしい色合いを持っているとしても、彼はまごうことなく男であり、この部屋の主である神崎の先輩であり。
その口から発せられる言葉は時に毒を含んだ棘である。
紅茶を君島の前に置きつつ、結果報告を終えた神崎は少々心拍数の上がり気味な心臓を無意識に押さえて君島の正面に座る。
本日は日曜日。外はお出かけ日和に晴れ。
君島とは約束してないのだが、そこは突っ込んだところで無駄である。
彼がわざわざ神崎の家まで訪ねてきたのに、理由は特にないらしい。
そして話の流れで、先日の告白の結果を報告して。
今の反応に至る。
特に不機嫌でもご機嫌でもないらしい君島は、出された紅茶に口をつけ、やがておもむろにカップをソーサーに戻すと悩ましげな溜息をついて見せた。
「せ、先輩…?」
「ひどい…」
「は?」
ぽそりと呟かれた言葉に嫌な予感がした。
「俺のことは遊びだったんだなー!」
口に含みかけていた紅茶を、すんでのところでカップを口から引き離して吹き出すことは防いだが、うまく飲み込み損ねた液体が気管に入って神崎は咳き込んでしまった。
「…ッけほ………先輩」
「なに?」
「俺昨日姉さん達に付き合わされてそれなりに疲れているんで、」
お手柔らかに、できれば、お願いします。
「ちぇー。つまんねー」
「…君島先輩、何しに来たんですか?」
「神崎で遊ぶためー」
「さいで…」
彼の一言一言で確実に自分の中の『幸せ』という文字が削られていくのを想像して、神崎は諦めきった溜息を漏らした。
「でもそっかー…ケイちゃんの方は問題解決したんだ?」
「そうですね…一応」
「じゃあケイちゃんやっと『諏訪さん病』キレイに吹っ切ったんだ?」
よかったな、と笑う君島に、神崎は目を瞬かせて首を振った。
「諏訪さんは一生別格の"トクベツ"らしいです」
一瞬の沈黙。
「なんだそれ」
きょとんと瞬きをひとつ、君島が首を傾げる。
「は、え?いや、そのまま、」
「なに。神崎はケイちゃんにとって所詮はキープ君止まり?」
「や、そうじゃなくて、」
「そっかそっかー。神崎だもんなー」
「あの。先輩」
「でもま、これからも尽くして尽くしてそして捨てられるとしても、ま、ガンバレ☆」
「……………」
神崎撃沈。
俺は何でこの人に相談してるんだ、他にいないのか誰か。誰かって誰。天馬?天馬しかいないのか!?あんな腐った教師に相談した日には次の日から喜々としてねちねち脅された挙句いつか理人サンにばれて殺される…ッ!
「でもまぁ、ケイちゃんにとってそれぐらい特別な人なんだね。諏訪さんて」
神崎の心に局地的台風を巻き起こした張本人は、お構いなしに神崎の淹れた紅茶に口をつけている。
「会ってみたいなー。どんな人?」
ぺたりと机に頬をつけて上目遣いにそう尋ねてきた君島の表情が妙に諏訪に似ていて、『俺も羽野センセーくらい強くなれればなー』などと無茶なことを考えながら神崎は床に転がっていた諏訪を思い出していた。
『雲みたいな人』、と言う圭の姿が初めに浮かんで。
どうしようもない人だな、というのも同時に浮かぶ。
嫌いじゃなかった。むしろ、
「…先輩、俺ね」
「んー?」
「諏訪さんのこと、俺も結構好きなんです」
君島が以前言った条件が諏訪にも当てはまっているのだ。
そしてそんな厄介なところを含めて。
好きな人の好きな人が好き。
不毛だとかそういうことじゃなく。尊敬に近いコレ。
「なんか、不思議な人ですよ」
苦笑を交えてそう言った神崎に、君島は再度溜息をついた。
「…ひどい…」
「え…?」
「酷いぞ神崎」
「はい?」
「俺と言うもの(旦那様)がありながらケイちゃん(正妻?)だけじゃ飽き足らず諏訪さん(愛人?笑)にまで手を出すなんてー!!!」
「っぐ、げほッ…けほ…っ!」
先刻より盛大にむせ返った神埼がチアノーゼ寸前になったところで、君島は紅茶を飲みきった。
「あーあ。神崎があともう何人かいたらなー」
「ぜー…ぜー…」
「あ、神崎。お茶のおかわりちょうだい」
「………ハイ。」
本当に何しに来たんだこの人は、と思いながら、神崎は彼のためにお茶を入れるべくよろめきつつも立ち上がるのだった。