『 白日晴天 』
昼過ぎ5限の現国の授業。
健全な高校男児にはとても辛いこの麗らかな時間。
本日の空はそれを助長するかのように穏やかな日差しを注いでいる。
眠気が飽和状態の教室の空気の中で、大方の集中力を勉強よりも野球に向ける三橋少年も例に漏れず。
うつらうつらとする意識を捕まえるような努力はせず、かといって田島のように堂々と突っ伏して夢の世界に旅立つことも出来ずノートのあちこちにミミズを増殖させていた。
教師も諦めているのかその空気を咎める気配もなく。教室の空気はその緩慢な許容に甘えて春を迎えている。
あぁー…空青い。
窓から覗く空模様に三橋はぼんやりと思った。
雲も少ない。でも日差しは強くない。寒くもないし暑くもない。涼しくて暖かい。
野球したい…な。
思った途端にムズ、と胸の奥がくすぐったくなる。
今すぐにここから出て行ってグラウンドにあるマウンドの上にグローブをはめて立ってボールを握りたいという衝動が襲い掛かる。
でもその衝動的な想像の三橋がマウンドで振りかぶっても、そこに捕手の姿がなかった。
あ、ダメだ…。
阿部君は頭がイイからきっと授業とか真面目に聞いてて、だからサボって外で野球したいなんて我儘聞いてくれない。
それは一般的に考えれば良心を優先させて断ることであって個人の我儘どうこうの話ではないのだが、三橋自身はその少しずれた理論で自分を納得させることが出来たから特に問題はなかった。
『阿部がいなければ、投げても仕方がない。』
結果としては、根本に植えつけられたその思考が三橋の散漫な頭の中の無計画なサボタージュを未然に防いだのだった。
当然のように阿部がいない家とは違う。
阿部が隣りの隣りのクラスにいるから。いるのなら。いるのだから。阿部に向かって投げたい。
家に、阿部君、欲しい…な。
そしたら一日中ずっと投げていられる。(三橋の頭に投球制限の文字はない。)
それはとてもとても幸せなことに思えた。
でもそれ以上に今は、青い空を見て逸る気持ちはどうしても。
野球したいな。
独りでは出来ないことへの憧憬にも似た気持ちをくすぐったく感じながら、三橋は小さく笑みを漏らして教科書に顔を埋めた。
途端にドカ、と音がしてびくりと顔を上げたら寝ていた田島が寝ぼけて机を蹴飛ばしてしまった音だった。
教師に叱られクラスメイトに笑われた田島が悪びれもせず後ろを振り返って三橋に向かって笑ったから、困惑と照れに混乱しながら三橋も笑った。
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