『 敵同士、味方同士 』




 クラスの誰よりも着替えが早い田島と、対照的にクラスの誰よりも着替えの遅い三橋。
 体育直前のこの時間、三橋が着替えている最中その横で田島がべらべらと喋り通しているのはよく見られる9組の日常だった。
「そういえば三橋ー」
「う、お?」
 丁度体操服を被り込んだところだった三橋は慌てて首を出しながら田島の言葉を聞く。
「今日三橋ギリギリで来たから知らないだろーけど今日7組と合同だって」
「え、なに が?」
「だからー次の時間の体育」
「7組?」
「うん。花井とか阿部とかと一緒」
「そ お、なんだ」
「ベースボールとかならいいのにな」
「でも、今日は体育館…」
「だからバスケとかー?何すんだろな」
 ぐちゃぐちゃの着替えの山をどうにかしようとしつつも田島が待っているのでどうしようかと三橋が悩んでいる間に、田島は三橋の着替え終了を悟ってさっさと歩き出す。
 それによって着替えの山を放置せざるを得なくなった三橋は慌てて田島の後を追った。



* * *



 それで。
 三橋にはいまいち状況についていけていなかった。


「ヨシ。来い!」
「いや、来いとか言われても球持ってんのお前だ」
「あ、そっか。じゃ行くぞ!」
「ドーゾ」


 パシン!
 カコッ。
 パコ。


「花井やる気ねー!!」
「お前のやる気がありすぎなんだよ!いきなりスマッシュすんな!」
「つーかルールを無視するな。ワンバンさせろよサーブは」
「打ち返してこそバッターだろ!」
「いや関係ないだろそれ」
「サーブミスだ。やり直し」
「っしゃ。行くぜ!」
 また響いた硬い音。それを今度こそ花井が打ち返してきて、それをまた田島が打ち返すと今度は阿部がラリーを止めた。
「ダブルスなんだから交互に打てよ」
「あ!そーだった!わり三橋っ」
「え、え…あ、ううん」
 首を振って少しだけ笑う。田島もすぐに気にせずに打ち方構えの状態だ。


 つまり本日の体育は卓球ダブルス。
 同クラス内でペアを組んで、他クラスペアと勝負、という分かりやすいものである。
 非常に地味な内容にやる気の無いものが多数だが、そんな中でやたら張り切っている、というか常に張り切り状態の田島。
「阿部早くー!」
「分かってる」
 阿部に打たれた球が音を立ててテーブルの上を跳ねる。それを田島が難なく返すと、勢いのついたそれを花井がまた打ち返す。緩やかなカーブを描いてそれが三橋の方に跳ねてくるから、三橋は慌てて打ち返した。
「オシ!三橋意外と上手いじゃん…っと!」
「余所見してんなよ」
「阿部のせっかちっ」
「そういう競技だっつの」
 ラリーの応酬と共に言葉もピンポンさせる他3人に対して、打ち返すだけで精一杯の三橋は手と目と口に加えて耳まで気にかけている暇なんてない。
 いつの間にか話が部活のことに至っていたことにも三橋はまったく気付いてなかった。


「…ってこと。三橋は?」
「え、あ、ぁ、」


 球を打ち返すと同時に花井にかけられた言葉に咄嗟に反応した耳と、それにより疎かになった手。角度を変えたラケットにぶつかって見事に明後日の方向に向けられた球は、あろうことか阿部の額に直撃した。
「あ、あ、あ、阿部く…っ!」
「ってー…」
「ナイス三橋!」
「どこがだ田島」
「花井が話しかけるから悪いんじゃん」
 邪気はないのだろうが、いきなり話をずらされた花井は呆れたように息を吐いて会話を放棄した。
「大丈夫か?阿部」
「あー…」
 別段大して力も入っていない球が当たっても深刻な問題ではないが、被害者よりも加害者の方がなぜかダメージが大きいようだ。
「あ、阿部くんっ…ごめ…なさ……」
「別に大したことじゃねーって」
 あわあわと哀れなくらいにうろたえて謝る三橋にそう阿部が応えても、三橋に与えられたダメージは深刻で中々立ち直れない模様。
 それをしばらく見ていた田島が、急に顔を輝かせて三橋の背を叩いた。
「三橋あれは敵!」
「……え、?」
「俺とお前であいつらを倒して世界征服するの」
「それどっちかっつーとお前らが悪者だろ」
「平和を取り戻すためにアベ星人と花マルドンに挑むピンポン!」
「意味分かんねー…」
 律儀に突っ込んでくれる花井を軽やかに無視して、田島はラケットを構えた。
「と言うわけで敵は話しかけちゃダメだかんな!」
「マジか…」
 非論理的な終結を見せた田島論に反発するのも虚しくなったのか諦めたように花井もラケットを構える。それに阿部も溜息を吐いて付き合った。


 どうにか立て直した三橋と妙に燃えている田島により異様な雰囲気の卓球は、見事田島の世界征服で幕を閉じた。










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