ウェディングドレス
 …、白いのは…
 え、なん…
 …て、着ると……っていう…
 …んなジンクスあるんだ…でも…ば、いい…
 あ、そっかー…


「なーキョロ介はどれがいい?」


 ふわふわ夢心地。夢と現とで揺らめいていた神崎は、前触れなく背中に乗っかった重みに潰され目を覚ました。
 それと同時に。

 むに

 なんだか柔らかい感触が背に当たる。
「起きろ神崎ー」
「あ、れ…せんぱい?」
「俺以外の誰だって言うんだ」
 耳元に聞こえるのは確かに君島の声…のはずなのだが、なんだかそれは少し甲高い気がする。しかも言葉と一緒に腕に回され首をぎりぎりと絞め始めた腕もなんか細い。更には背中のなんだか柔らかい感触ときたら…!
「せ、先輩!ギブ!ちょっと放して…っ!!」
 腕を取って引き剥がすようにその身体を前へ引っ張ってみる。もしかしたら蓮見と先輩でまたなんかよく分からん悪戯でもしているのかと思った神崎の視界に入ってきたのは、しかしまごう事なき君島の顔で。

 君島の、顔で。

「せん、ぱい…」
「ん?」
「何で女子の制服着てんですか?」
「は?女子が女子の服着て何が悪い」
 超お似合いじゃねーか。いや、似合ってますけどね。そんなやり取りをしながら神崎は視線をぐるりと周りに向けた。いつも通りの素敵アホクラス☆の昼休みだ。横で蓮見が熱心に眺めているのはウェディングドレスのカタログらしい。


 あれ、なんかおかしい…よな?


「ねーねー神崎」
「あ?」
「君島くんはやっぱり白くて細身なのの方が似合うよね。元々ナイスなバディだし」
 そう真面目な顔でのたまう圭はカタログの商品のひとつを指している。あまり華美な装飾はないけれどスタンダードなドレス、だと思う。そういうものに興味のない神崎から見ればどれも似たり寄ったりだったが。
「でもねでもね、こういうキレイで派手目なのも着こなせると思うの!」
 ぱしぱしぱし、とページを高速で捲っていった圭は次に開いたページにあった青を地に色とりどりの装飾が付いたドレスを示す。大胆なデザインのそれは確かに派手で、更には背中が大分露出している。
「君島くんお肌も超キレーだし!見せて損はないと思うの!の!!」
「ちなみに蓮見ちゃんに合うのはこういうのだよなー」
 ふわふわした、よく子供が夢見そうなピンクのお姫様ドレス。君島が指した物に「そーですね」と神崎は頷きつつ、未だ疑問と戦っていた。なんかおかしい。
「で、式の日取りはいつにする?」
「……はい?」
「だーかーらー、結婚式さ。籍入れるわけじゃなし、いっそ今からしたって構わないぞー?」
「それもそうだね!きゃー高校生カップルっていうか新婚さんいらっしゃい!?」
「待っ、待って、待ってくださいっていうか待ちやがれコンチクショウ」
 神崎の知らぬ間に知らない方向へ世の中が走り出している。ここはどこで私は誰だの世界だ。っていうか本気で何がなんだか分からない。
「こういうネタは思いついて新鮮な内にヤっちまったが勝ちだぞ神崎」
「そうだよ神崎。こんな美人な旦那さん捕まえておいてー」
 ウェディングドレスでも旦那な辺りは変わりないようだが、そんなところで喜んでいる場合ではない。そもそも俺の彼女は蓮見だったはずであって!
「大丈夫!君島くんが愛人さんなら全然OKドンと来い!」
「ほら、未来の本妻もそう言ってることだし」
「なになに、神崎とうとう結婚すんの?どっちと?」
「日本の法律だとまだ籍入れは無理だなぁー」
 何の違和感もなくクラスメイトが話に便乗している。本当に毎度毎度このアホクラスの面々ときたら!
 いや、しかし今ある最重要問題点はそこじゃあない。そこじゃなくて。




「ってか、先輩って男じゃなかったっけー!!?」




「お前はこのおっとこ前でカッコイー先輩と長々付き合ってきて未だ俺が女に見えるのか」
 ばしり、という音と共に後頭部に痛みが走る。
 恐る恐ると背後を振り返れば、そこには。
「君島先輩」
「おう、なんだ?」
 机に突っ伏して転寝していた神崎は、斜め後ろに立っていた君島の手首を掴んで引き寄せてそのままぎゅーっと音がしそうなくらいに抱きしめた。
「どったよ神崎」
「よかった硬い…!」
「なんだその感想は。男が柔らかかったら肉付きすぎだろそりゃ」
 つーか放せ、と聞くが早いか神崎はべりっと容赦なく引き剥がされていた。
 つまり、要は。

「夢…!」

 安堵に神崎は再び机に突っ伏した。恐ろしく似合いすぎる夢だったがまごう事なき悪夢だ。学校で昼寝なんてしていた罰だろうか。
「ずるいずるい神崎ー!あたしも君島くんにべったりしたーい!」
「女の子は大歓迎よ」
「やめたって下さい…」
「えぇー!」
「一応先輩も男なんだから!」
「『一応』ってなんだ神崎」
「そーだよ神崎のケチー」
「ケチー」
「駄、目、デス!」
 気付けば尚もぽすぽす音を立てて君島が人の頭を叩いてくるから、神崎は雑誌を勢いで没収した。
「ってかなんで先輩こんなと、こ…に…」
 ふ、と視線を向けたその雑誌の表紙を飾るのは純白のドレス。
「あ、ねー神崎。これ君島くんに似合うと思わない?」
 思わず固まってしまった神崎の手からその雑誌を奪い取った圭がぺらりぺらりとページ捲っていく。夢の内容の奇妙さの原因はコレだとようやく神崎は合点が行った。だがだからこそ圭のその手が目的のドレスを示す前に、神崎は呻くように呟いた。
「…たとえ似合っても結婚式なんてやらないよ、な…?」
「え、ダメ?」
 圭の期待を込めた眼差しから懸命に目を逸らして、神崎は遊びでも心底ゴメンです、と釘を刺した。
title from sham tears : back

スミマセン書いてる方はとても楽しかったです。


070125