せめて恋情を理解して欲しいと思うのは我儘ですか。
「あ、」


 アレンだ、と。


 自分が向かう先に、目立つ白銀の髪を見つけて口から零れた一音。
 ホールが見える回廊の端。手すりに手をかけてアレンはぼんやりと何かに視線を奪われているようだった。こちらにはまるで気付かない。
 遠目で、なにを考えているのかなんて分からず。ラビは視線の先を探るように窺った。
 そこにあるのは、いくつかの見知った人影の団欒風景。
 アレンが知っている顔もいくつか混ざっている。彼自身がその中にいないのが不思議なくらいだった。
 歩みは緩めず、だんだんとその顔がはっきりと見えてくる。
 そこに浮かぶ表情は羨望とかそういう類には見えなくて、密かにほっとした。
 彼が"幸福な風景"に何かひとつ線を引いて見える時は確かに存在して。それを窺い見る度に横から手を出して引き寄せたくなる気持ちが湧く。


 その気持ちを自覚するのはちょっと勘弁、というのがラビの本音だ。


 実のところ7割近く分かっていながら足掻いてる状態だとしても、認めたくないものは認めたくない。これでも自分は多感な思春期真っ最中なはずの男の子なのだ。
 ひとつ息を吐いて、ラビはまだこちらに気付かないアレンに順調にまた一歩一歩と近づいていく。
 よほど熱心に見ているのか、アレンの視線が時々なにかにつられるように動く。

 つまり誰かを追っているということだ。

 ふわふわと追いかける視線。そこに浮かぶのは確実に好意の方に近い色。
 あれ、と思った時には遅い。
 無性にそれが面白くない、と思ってしまった自分がいた。
 不愉快だ、と言ってもいいくらいに。
 オイオイちょっと待て、と片手で髪をぐしゃぐしゃと乱す。自覚したくないと思った途端にこれか。
 憎々しく思う気持ちとは裏腹に、少し早まった歩調が一直線にアレンの方へ向かっていく。
 足音に気付いたのかアレンがこちらを見て、足はようやく理性を取り戻した。
「ラビ」
「やほ、アレン。何見てんの?」
 いつも通りの声。そのくせ問う言葉がなんだか白々しく聞こえるのはきっと自分の気のせいだという事にしておく。
「随分熱心に見えたさ」
「え。そうですか?」
「うん」
 頷くと、少し照れたようにアレンは笑った。
 その表情を、不覚にも『可愛い』なんて思ってしまった事は伏せて、ざわめく心を押さえつけて隣りに立った。
「なんか気になっちゃって」
「誰が?」
 即座に問い返すと、アレンはえ、というようにラビを見返してきた。
 あれ、と少し焦る。なにか変な事を言いマシタ?
 そんな水面下の感情など窺うこともなく、というよりむしろアレンの方が慌てたように「違いますよ!」と手を振った。
「人じゃなくて」
「なくて?」
「ゴーレムです」


 ハイ?


「ティムは意思みたいなものがあるのに、他のゴーレムは違うのかな、と思って」
 観察してたんです、と続けたアレンにラビはそうとは知れないように詰めた息を吐いて手すりと仲良くなった。
「ラビ?」
「いや…なんでも」
 これだから、認めたくなんてないのだけれど。
「食堂行くんだけど、付き合う?」
「はい!喜んで」
 何より嬉しそうに綻んだ顔に。
 もういい加減覚悟を決めた方がいいのだろうかと思う今日この頃だった。
"その瞳は誰を追う" : title from TV : back

ラビの片思いは書き易いです。


061130