さり気ない不安が無自覚に弾く引鉄
最初にそれに気付いたのは、数日前。
食事の時間が合う事があると、ラビは大抵アレンの真正面に座る。例によって例のごとく、アレンのための大量の皿が載ったテーブルの上に自分の分を乗せるスペースを確保し、時にはアレンの皿が空になるのを見計らったかのように別の皿を差し出してくれる余裕さえある。
そしてさらには食事の合間に適度な雑談を挟む、舌を巻くような器用さ。
この日もラビはアレンの真正面で同じように食事を取っていて、アレンはそこに言葉を挟むために視線を一度ラビに向けた。
その瞬間だった。
微かな、違和感。
感じたそれに首を傾げる間もなく、アレンの意識は口に運ばれた料理の味に向けられてしまったのだが。我ながら何者にも勝るこの食欲は凄まじいと思うけれども教団の調理場を取り仕切るジェリーの手がける料理は殊の外美味しいから普通にしていても結構お腹に入ると思うわけで…ああ話が逸れた。散漫な思考を再び取り纏めることは叶わず、アレンはそこで一度答えを諦めた。
次にアレンがそれを感じたのは、リナリーと科学班の手伝いをしている最中だった。
疲弊気味の科学班員のためのコーヒーを淹れているリナリーの傍らでそれを待っている最中に、彼女がまずラビを発見した。
「あ。ラビ」
「え?ああ、ホントだ。ラビー!」
「……、あ、あ。アレン」
何か考え事でもしていたのか、ラビはこちらを視界に入れていながらやや遅い反応をして少しぎこちなく笑った。
あれ、と思ってアレンは首を傾げた。ラビの動作は割合いつも滑らかだ。そのせいか、微妙に硬い動作がアレンの目に妙に印象を残した。
「リナリーもお疲れー。コムイ達の分だろ?それ」
コーヒーカップを満たすリナリーに向かって笑うその時には、もう不自然さは残っていなかったけれど。
「うん。でもこういうお手伝いしか出来ないから」
「コムイさんはリナリーが傍にいるだけで随分違うと思いますけどね」
「兄さんは、すぐに脱線するから」
苦笑いのようになるのは普段のコムイのシスコンぶりを知っているからこそだ。アレンの言葉にリナリーも困ったように笑う。
「あ、ラビの分もいる?」
「…や。貰うとお手伝い要員まっしぐらっぽいからいいさー」
じゃ、と軽く手を振ってラビは二人から離れた。
その仕種がまた、どこか不自然に思えて。
「ラビ、どうかしたんでしょうか…?」
「うん…ちょっと疲れてるみたいだった、かな」
リナリーも少し心配そうに呟いて、人数分用意してあったカップをもう一人分増やした。
「?それは…」
「多分部屋に戻ったんだと思うから、持って行って貰えないかな?」
はい、と手渡されたカップはふたつ。ラビの分と、自分の分ということだろう。
「優しいですね、リナリー」
「ありがと」
立ち上った湯気のようにほわり、と笑うリナリーの顔にアレンもつられるように笑顔を返し、ラビの後を追った。
「、れ?ラビー!」
部屋に辿り着く前に、ラビに辿り着いてしまった。
人通りの無い廊下に並ぶ窓から差し込む西日が、昼でも薄暗い廊下を薄いオレンジ色に染めている。呼び声に、融けそうな色の光の中に佇んでいたラビがゆっくりと振り返った。そこでいつもラビの髪を押さえているバンダナが無いことに気付いた。髪を下ろしていると、ラビは少し大人しそうな人に見える。
「アレン?」
訝しげなラビの声に、アレンは手の中のコーヒーカップの熱を思い出した。
「リナリーからです」
「へ…あ、ああ」
まだ温かいカップの片方を差し出すと、ラビは数回目を瞬いてから酷く慎重な手付きでそれを手にした。
「…サンキュ」
「どういたしまして。あ、お礼はあとでリナリーにも」
「ん」
分かっている、というように頷いたラビの顔をふと見やったアレンは、不意に、そこでようやく違和感の理由に気が付いた。
目、だ。
片方だけしか晒されていないラビの瞳は夕陽に照らされ不思議な色を映すばかりで、アレンを見ようとしていない。
元々常に真っ直ぐ相手を捉えているかといえばそうではないのかもしれないけれど、今のこの視線は違う、と何かがアレンに告げていた。
ここ最近の、少なくとも今のを含め数えて三回…いや四回、感じた違和感。もしかしたらそれはもっとたくさん気付くべき機会があって、ただラビがそれを悟られないようにしていたのだとしたら。
どうした?と尋ねてくるラビの声が意識を上滑る。相手の問いを無視する形で、気付けばアレンはラビに別の問いをかけていた。ねぇ、ラビ?
「最近、まったくラビと目が合わないんです、けど…」
僕、なにかしましたか?
瞳が傾いた日の光を受けて少し痛むのに、アレンの口角は無意識に緩やかな曲線を描き出す。困った時に笑ってしまうのは、もう癖のようなものだ。
驚いたように目を見開いたラビの視線がこちらを向いた。けれどやはりそれはすぐに気まずげに外される。うわあ、決定的。
「ラビ…」
「いや、アレン、あのな?」
「僕が、何かしたのなら。出来れば言ってもらえませんか?」
外された視線に胸が痛んだけれど、その感情は奥深くに伏せて。努めて明るく、アレンは言葉を重ねた。
「もし、もうそれすら嫌なくらいにラビに嫌われているなら、別ですけど」
「んなことねーさ!!」
弾かれたように、ラビが否定の言葉を叫ぶ。その勢いに驚きながら、だけどアレンはそれに縋るような思いで「なら、」と続けた。
「なら、言ってくれませんか?なんでも、聞きます」
この言葉を使うのは大袈裟かもしれないけれども、多少なりの覚悟を持ってアレンはラビを見据えた。これでとんでもなく軽い出来事が原因だったら、少しだけラビを詰って、そして笑い合おう。そう思いながら一方で手足が震えそうなくらい怯えてもいた。
そんなアレンの心情をどのくらい察しているのかは分からないけれど、ラビは困ったように口を手で覆って俯いた。
「ラビ?」
「なんでも、言っていい、なら、」
言いたい事。ひとつ、ある。
隠した口元からくぐもった声でそう、ラビが零したからなんですか、と目で問いかける。するとラビは何故か酷く切なげな表情を見せた。
「どう、したんです…ラビ?」
「あのさ、俺が今から何言っても、アレンは俺の…」
中途半端に途切れた言葉。でも、かしゅ、と落ちたままの前髪に片手を差し入れて握り潰したラビはそれを言い切らずに首を振った。
「いや…これは卑怯だ、な……あー…のさ、アレン」
「はい」
夕陽に負けず劣らず暖かな色の髪。ラビのオレンジを見たまま、アレンは応える。
「俺…」
いつものラビの声よりずっとずっと落ち着いていて、それでいて不思議と通る声が続きを吐き出す、その時を。
アレンは僅かな恐怖と、なぜか憧憬のような思いを抱いてただその時をじっと待っていた。
"逸らしがちな視線" :
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そして続かない。ラビ視点書くと分かりやすそうですけど。
書きあげた所で一度誤って消し去ってしまったので書き直しても微妙な違和感が残りましたがもうこれ以上書く気力も湧かない…orz
070115