But I want you to say.
後悔先に立たず。
立派な先人だってそんな言葉を残してしまうような失敗を犯したのだ。失敗は成功の母とも言うけど、この失態はどんな成功にも繋がらない気がする。そもそも失敗を犯した時点で後戻りは出来ないのだ。
そんな何の慰めにもならないことを思いながら、自分の口を右手で覆った。
どうしてこの口はコントロールを外れて勝手に走ってしまったのだろう。
ここで冗談だと言って笑って誤魔化してしまえばまだ道はあったのかもしれない。けれど、そんな打算とは裏腹に勝手に上ってくる熱がそれを許さない。口元を覆った手に触れる皮膚がだんだんと熱を持ってきたのが分かる。今鏡を見たら自分の顔はさぞかし茹で上がって見えるだろう。
気まずくて、相手の顔を見る事が出来ずに思わず顔を背けた。
「叶…く、ん?」
困惑を乗せた声が遠慮がちに名を呼ぶ。それがなぜかとても距離を感じるものに思えて、苛立ちを誘う。
「やめろよ」
「…え?」
「呼び方。前みたいのでいいから」
「…え…っと…」
視線を合わせないから余計に、廉の動揺が空気伝播するみたいに静かに伝わってくる。
言葉が途切れて、高山地帯みたいに息苦しくなってきて、居心地の悪さにいたたまれなくなるまで数秒。
「ごめん」
これ以上は耐えられなかった。一言呟いて、目を合わせないまま踵を返す。
「気にすんな」
そう言っても気にするんだろうけれど。自分だってしばらくは立ち直れないかもしれない。普段通り、今まで通り、廉に笑ってやれるようになるまで出来れば顔はあわせたくない。
いっそ気にすればいい。どこまでも意識してくれればいい。なんて諦めきれない気持ちがどうしようもなく湧き上がってきて、それを押し殺すために唇を噛んだ。
「まっ…待って、」
慌てて追いかけてきた声に、振り向くのは難しい。
「まって、…かの……」
息を突然止めたような声の詰まり方をして、一度言葉が切れた。
「……修っ…ちゃん」
小さな声が震えるように呼ぶから、思わず立ち止まる。
恐る恐る首を回すと、泣きそうな顔をぎゅうっと上着の心臓の辺りを掴んで堪えている廉がいた。
なんで。泣きたいのはこっちだ。
「っ…れ…も…」
泣くのを堪えているせいか、声が上手く出てこないらしい。それでももどかしくも懸命に喋ろうとしている。
「……なに」
そこまでして足を止めさせたのだから、言って欲しい。
そんな思いを込めてまた方向転換した。
元の位置まで戻って見る。しかしいざ言おうとしたのにまた躊躇うように、廉は一度開きかけた口を困ったように閉じた。
視線が気になったのか、またきつく服を握り潰して顔をどんどん俯かせていく。
「廉?」
「!」
弾かれたように顔を上げて、廉は眉を寄せた。
「何?」
「……れも…」
「『れも』?」
「
―――……」
酸欠の金魚のように、声をなくしたままぱくぱくと唇が微かに動いた。
「………。」
ふと、その唇の言いたいことを想像して、一度納まった動悸がまた早くなり始めた。
そんなわけはない。そんな都合のいい話なんてない。
そう思ってブレーキをかけようとするのに、勝手に期待しだした心臓はそう簡単に静まってくれやしないのだ。
「廉」
「………?」
「ちゃんと、言って。俺に分かるように」
赤く染まった顔をまた俯かせた相手に、求める。自分だって同じ思いをして言ったんだから。それぐらい要求して然るべきだろう。
「でも、」
「でも?」
「困る、よ」
誰が。思わず詰問しそうになったのを抑えて、笑った。
「それでも聞きたい」
だから言って。
廉の口から、願わくば自分と同じ言葉を、と。
さっきまでの悲壮感を全て捨てて、現金な要求を突きつける。
彼が落ちるまで、あと少し。
- けれども君に言って欲しい。