『 sugary treat 』
Eyes*Ayumu
肌に硬く鋭い物が当てられる。
エナメル質に覆われた硬いそれ、は生き物の一部とは思えないくらいの硬質さを感じさせつつ、柔な肌の上で一度止まった。そして一瞬の決意の後に薄い皮を押し破って肉を裂き、血管を壊す。
「っ、」
微かな痛みはほんの刹那で、すぐに痛覚を挿げ替えられたかのようにそこにじんわりと広がるのはどちらかといえば心地よい感触だ。
自分の体内から血液が啜り取られているとは思えない感覚。
時間にして僅か数秒。すぐに相手は肩口から顔を上げた。
自分の口元を手の甲で拭い、次いで少しの困惑顔で噛み跡の辺りを指で擦る。多分その辺りにも血が付いていたのだろう。
「もういいのか?」
「ああ…」
少しだけ顔を顰めて、礼代わりの謝罪を口に乗せる。
それに仄かな笑みで応えて、心持ち赤みの増した唇に舌を這わせた。
「っ…?」
驚きに開いた口が再び閉まる前にと舌を滑り込ませて味わえば、案の定ぬめる口内に広がるのは血の味だ。
「…ぅ……ん……」
それが気にならなくなるまで、と散々に口腔を侵してようやく離れる頃にはとろりとした目がこちらを見ていた。
「………?」
「どんな味がする?」
「…な、にが…だ?」
緩慢に問われて、自分の首を指で示す。
「俺には鉄錆の味しかしなかったが」
「……い」
「?」
俯いて呟くだけの小声は聞き取れず、視線で再度と促せば僅かに上を向いた唇がもう一度震えた。
「あまい」
味がする、と続けた唇をもう一度塞いだ。
言われた言葉が、意味を纏って甘さを増したようだ。
紡いだその唇を食んで、薄く笑う。
表面を撫でるように啄ばみ、離し、を繰り返しているうちに元々昂っていた体の熱が否応にも膨れ上がるのがお互いに分かる。
微かに口角を上げたことに気付いたのか、問うように瞬いた相手の耳にアイズは緩く歯を立てた。
「Trick or treat ?」
耳殻を舌で濡らしながら囁けば、それは子供の戯言ではなく夜の睦言のような色を孕んでいた。
「な、ん…?」
「お前はもう"いいもの"を手に入れたのだから、こちらの番だ」
『お菓子くれなきゃ、悪戯するよ?』
ハロウィンの文句に準えて。可愛いお強請りに見えてその内容は、その実どちらに転んでも結局同じものを要求している。
「菓子、なんてない、ぞ?」
「なら"trick"だな」
我が意を得た、とばかりに遠慮無しに耳元でぴちゃり、と水音が響かせれば相手の体がひくりと震える。
「食われっぱなしは性に合わん」
甘い甘い菓子のような相手を貪りたいのは仕方ない、と笑えば、顔を顰めた相手がせめてもの反撃とでも言うかのように真新しい噛み傷の周囲に舌を這わせて、再び『あまい』と呟いた。
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