『 進行速度 』
Ayumu*Rio & Kousuke*Ryoko
 今年のバレンタインイブは幸いなことに日曜日だった。
 ちなみに本日の浅月香介は『もう明日はひと欠片のチョコもいらない』という心境だった。
 バターとチョコレートが混ざって壮絶に甘ったるい空気を醸し出している中、
ガトーショコラ15cmホールを2つ食べさせられれば普通の感覚としてそう思いたくもなる。
「理緒ー。まだ作んのかー?」
「あと1個だけ。これで終わりにするから!」
 実は去年の今頃も似たような状況だった。去年はクッキーでまだハードさはそうなかったが、緊張感は割り増しだった。
 気持ちの甘ったるさも加味して本日の香介の甘味不快指数は80%は軽く超えそうな勢いだ。
「懲りないねー」
「亮子ちゃんは作らないのー?」
「あげる奴がいないからね」
「こーすけ君は?」
「いると思うかい?」
「いるよねー?こーすけ君」
「……………。」
 ノーコメントで頼む。
 口に出さなかった誰かへの頼みは、もちろん誰に聞かれることもなければその複雑な心境を察せられることもなかった。
 ただ微かに溜息をついた亮子に香介も気付かなかったが。
「まさかホールまんま渡す気か?」
「え。ダメかな?」
「ちょっと苦しいと思うぞ…?」
「うー…やっぱり?」
 悩む姿すら幸せそうで香介も亮子もすでに「ごちそうさま」な気分だ。
「あれでキスどころか手繋ぎすらしてねーってどんな純情乙女だ」
「今時キスより手繋ぎする方が恥ずかしいと思うけどね」
「要点はそこじゃないって。男として鳴海弟がどうなんだってことだろ?」
「いいんじゃない?理緒を見なよ」
 改めて理緒を見て、すぐに香介は視線をずらす。
 旦那様が帰ってくる前に手料理に励む新妻も斯くや。
「オレの目、腐ったかな…」
「元々節穴」
痛烈な亮子の突っ込みに言葉を返す気力もなく、香介は溜息まで甘ったるい
チョコレート色をしていそうなことを嘆いた。
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