『 イベント認識レベル 』

Kaito*Shinichi



 万年お祭り男、黒羽快斗は非常にイベントに敏い。
 ミステリオタク、工藤新一は非常にイベントに疎い。

 そんな2人のイベント認識レベルが逆転する日が、この日やってきた。


『悪いけど…』
 この言葉で始まる言葉を本日片手の指ぴったり分繰り返した。
 呼び出し先のお約束の場所から戻ってきた自分の席で深く息を吐いた。
「お疲れねー、新一君」
「うん、そだね…」
「たった5人でばててんじゃないわよ、って感じだけど」
「……家から学校までで俺が一体何回奇襲されたと思ってんだ園子…」
「そうねぇ…ざっと両手分ぴったりくらい?」
「おしい!7人だったわ」
「ち。根性ないわねー、皆」
 もはや抗議する気もない新一は、勝手な言い分に半眼で威力のない視線を園子に向けた。
「そんな新一君。義理チョコいる?」
「いるか。毒入りだろ?」
「失礼ねー。ふられた女の子の本命チョコほどの念はこもってないわよ。
ただの10円チョコだもの」
「お返し3倍返しでも30円だな」
「期待してないし、むしろいらないわよ」
「へぇ?珍しいな。園子が控えめなのは。天変地異の前触れか?」
「今年は京極さんへの本命があるからちょこっとだけ自粛だって」
「"ちょこっと"ってどのくらいだ?」
「新一への義理チョコが10円ってとこ?」
 ミクロ単位の違いとしか思えないが、それでも自分にとってはマクロの違いだ。それだけは少し感謝して新一は机の中に手を突っ込んだ。
「……げ。」
「……もしかしてまた入ってたの?」
「それこそ毒入りじゃないのぉ?」
 教科書の隙間から出てきた小さな包みに再び溜息を吐いて、新一は本日いくつ目かも分からないそれを持参の紙袋へと黙って入れた。







「今年もまた大量なこと」
「お。紅子ー。今年もお前は無しか?」
「渡したら素直に食べてくれるのかしら?」
「毒入ってないならなー」
 両手に抱えたチョコレートの包みはどれもこれも可愛くラッピングされているが、中身は子供向けチョコから高級品まで選り取りみどりである。
「つーか毎年思うんだけど」
「なにを?」
「なんで皆チョコくれるわけ?ヴァレンタインさんの命日だからって」
 すでにいくつかの包みを解いて中身を口に放り投げた快斗の一言に、紅子は一瞬にして固まった。
「……貴方今なんて?」
「え?だから、なんてチョコくれんのかな、って」
「本気?いえ、正気?」
「は?うん。多分正気」
「……本当の本当に貴方、今日が何の日か知らないの?」
「なんか青子に説明されたけど、結論としては命日だろ?」
「……そうね。間違いではないけれど」
「けれど?」
 呑気にマーブルチョコレートを一粒一粒口に運ぶ快斗に、紅子は本気で教室の窓から放り投げたくなった。思いとどまったが。実は見かけによらずダークな彼女はその実かなり誠実な常識人だったりもするのだ。
「日本では、好ましい人物に思い思いのチョコレートを渡す日って事になってるらしいわよ」
 他人事のように言ったのは辛うじてのプライドのなせる業だ。しかし快斗は紅子のそんな複雑な内情を察することなく蒼褪めた。
「……黒羽君?」
「今のマジ?」
「え、えぇ。」
「嘘だろ!去年オレ新一にあげなかったし貰ってない!」
「……………。」
「新一いくつ貰ってたっけ…つか今日も学校行ったってことは…」
 ぶつぶつと口にする言葉の大半をもう紅子は聞いていなかった。大体聞かずとも知れる内容だ。
「オレ早退するから!」
 言うが早いか即座に姿を消した快斗に呆れはてた紅子は手の中の包みを溜息と共にゴミ箱へ放った。







「新一一体いくつ貰った!?」
「オメー第一声がそれか…」
 他校の教室にいきなり入ってきて掴みかかる勢いで詰め寄った快斗に新一は少し前に快斗が対面していた紅子と似たような表情を浮かべた。
 休み時間だったのが辛うじての救いだった。
「もしかしてこの紙袋…」
「あぁ。チョコレートだけど。欲しいならやるぞ?」
「違うって!何でそんなの貰ってんの!?」
「お前も貰ってるだろ?」
「そーだけどっ…だってオレ今日初めてこのチョコの意味知ったんだよ?」
「………冗談」
「本気。」
「アホか」
「返す言葉もないけれど!でもだって!」
「だってだって煩い。いいだろ別にチョコレートのひとつやふたつ…」
「全然ひとつふたつじゃないし!」
「そーじゃなくて」
「新一の浮気者ー!!」
「……あーもーいーや。それで」
「否定しようよ!!」
「あーのさ」
 納まりそうもない一方的な喧嘩に入り込んだのはとても仲裁には相応しくない園子だった。
 実際彼女の楽しげな顔は仲裁するためだとは言っていなかった。
「バレンタインにチョコあげるのはお菓子会社の陰謀で、実際は恋人になにあげてもいいわけなんだから、チョコに拘らなくてもいいんじゃない?」
 園子の言にしばし黙る快斗。
 そして次にはぽむ、と手を叩いて新一の手を取って曰く。

「じゃあプレゼントはオ…」
「いらない」

 皆まで言わせず新一は却下した。
「……俺早退するからあとよろしくな、蘭」
 痛む頭を押さえて新一は荷物を纏めると、やさぐれ気味の快斗の腕を取って教室から出て行った。
「なんだかんだで新一君も甘いわよねー」
「うん」
 とりあえず五月蝿いモノがなくなったことに息をついて、本日帝丹高校の午後は平和に過ぎた。




 この日から再び、彼らのイベント認識度はいつも通りに戻るのだった。





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