「大佐、甘いもの好き?」
「嫌いではないよ」
「じゃあ、はいコレ」
「なんだい?これは」
「チョコレート。大佐もてるからいっぱいもらうんだろうけどさ」
「……は?」
「明日、バレンタインだろ?」
「あぁ…なるほど。まさか君からもらえるとは思わなかった」
「いらなかったら他の人にでもあげてよ」
「滅相も無い。有難くいただくよ」
「そ?じゃ、俺もう出発だから」
「そうか。道中気をつけて。問題を起こすなら…」
「管轄外で。じゃな」


 手の中に納まった少々ファンシーなラッピングのプレゼント。
 それの意味するところをまだ、彼は知らない。






LOVE はじめました







 机の端に置いてある、この部屋には不釣合いな箱。
 それを見て、ホークアイ中尉はとりあえず書類を置くのに邪魔なそれの正体を、一応は上司であるデスクの主に尋ねることにした。
「なんですか、それは」
「チョコレートだそうだ」
「どけていただきたいのですが」
「……希望としてはどけたくないのだけれどね」
 目の前に立つ部下の手の中にある書類の山をうんざりと見てそうぼやいたところで、話題の中心であるその箱は別の人物の手でどかされた。
「はぁ、大将とうとうトチ狂ったか」
「エドワード君からですか」
 ホークアイ中尉が確かめるように呟いた。それは意外というのではなく、納得したというようである。
 そんな彼女の様子に気をとめることなく話は進んでいく。
「そういえばさっきこれ持ってここに入るの見ましたけど」
「また年甲斐も無く強請ったんですか?大佐」
「大人気ないっすね」
「断じて違う!」
 ハボックの手からそれを奪い返しながら、ロイは部下たちの勝手な言葉に思わず叫んでいた。
「鋼のはこの愛のこもったチョコレートを彼自身の意思で私に渡したんだ」
「ところどころに大佐の願望交じりの誇張を入れるのはやめてください」
「強請ってないのは分かりましたから」
 一歩譲ってロイが強請っていないと仮定すると、ではわざわざこのチョコレートをエドが渡しに来た理由は何だろうという疑問が持ち上がる。
「ずばり毒入り」
「ひねりが無さ過ぎますね」
「でも下剤とかなら嫌がらせで済むしなぁ」
「毒入りだとしたら、わざわざ手作りですか?」
「その手間はちょっと惜しいか」
「誰かに頼まれた」
「ありえないことじゃないっすね」
「でも決定的証拠に欠けます」
「カードか何かが一緒に入っていれば犯人が分かるんだけどな」
「なるほど、犯行予告か」
 顔をつき合わせてぼそぼそと密談(?)する数人の同僚にホークアイ中尉が小さく溜息をついて大佐を見やると、彼にしては珍しく意欲的に書類を片付け始めているところだった。
 高速で動く手とはまた別に、フル回転する頭の中は可愛い贈り主へのお返しを考えることでいっぱいなのだろう。
「このあと、将軍と会議ですよ大佐」
「あぁ。分かっている」
 本当に分かっているのかと疑いたくなる上機嫌な声に、また別の意味合いの溜息をついて、ホークアイ中尉はもう汽車の中にいるであろう小さな少年に密かに感謝していた。






 十数時間遡る。
「は?チョコレート?」
 大佐不在の東方司令部。
 訪ねてきたのはいいけれど、相手がいなかったことに少しだけ怒りを溜めながら帰ろうとしたところを、彼は引き止められた。
「明後日何の日か知ってる?」
「え、なんか記念日?」
「バレンタインデーなんだけど」
「あ、あ。そっか。で、チョコ」
 声をかけてきた彼女を見上げて、戸惑いながら頷き、次いで首を傾げる。
「何で俺が?」
「エドワード君から貰うと大佐の仕事効率が上がるから」
「……へー、マジ?」
「えぇ」
 冗談を言うような性質の人ではないのは分かっているのだが、いまいち真意が掴めない所もある無表情で頷かれて、エドはさらに困ったと顔を顰めた。
「明日の昼にさ、もう出発する予定なんだよ」
「じゃあ、明日の朝でいいわ。時間空かないかしら」
「んー…」
 少し悩んで、エドは肩をすくめた。
「他ならぬ中尉の頼みだしね。どうにか持ってくるよ。渡すだけでいいんだろ?」
「ありがとう。お願いね」
「その代わりさ」
 即座にそう切り替えしてきた少年にホークアイ中尉が黙って先を促したところ。

「俺の愛は高いよ?」
 お返しはもちろん3倍ね。

 にや、と笑った少年の言葉に、少しだけ口元を緩める。
「そうね。それとなく大佐に仄めかしておくわ」
 その必要は多分無いだろうけれど。
 彼女の胸中だけでそう付け足して、それは誰に聞かれることもなく終わった。







 そうして手の中に納まった少々ファンシーなラッピングのプレゼント。
 それの意味するところをまだ、彼は誤解したまま。

 多分、ずっと誤解したまま。













BACK
この世界にバレンタインないですけどね。
冷やし中華始めました、の感じで。
(ミスチルのこの歌は聞いた事ないですが)