咲くも
散らすも
ご自由に。
咲いては散り
散ってはまた新しく
制御はできない自動作用。
飽きたところで朽ちることはできないだろうから
目の前で弄ばれている金色。
それをぼんやりと眺めているうちに、ゆっくりと意識が浮上してくる。
「……ん……」
「お目覚めかい」
宙で髪を弄っていた手が離れて、代わりに少し汗ばんだ額に触れる。
前髪を梳くように撫でられ、その感触の心地よさに再び瞼が落ちそうになるのをエドは懸命に堪えた。
「……寝てた?」
「数分だよ」
寝たというより気を失っていたという方が正しいのかもしれない、その答えにエドは緩慢に頷いてまだ触れている手を払った。
「髪」
「ん?」
「なんで解いたんだよ」
行為に及ぶ前はしっかりと結ってあった髪が、今は僅かに湿り気を持って肌に張り付いている。
それが嫌で顔を顰めるが、ロイはそれを無視して、払われた手で懲りもせずまた後ろ髪を撫でている。
「こっちの方が好みだよ」
「ウザイ」
甘やかに告げられた言葉を一言で切り捨てて、エドは目を閉じる。
ロイの手の感触を許容しているとも、ロイと共にいること自体を拒絶しているとも取れるエドの態度に、それでもロイは手を動かし続ける。
穏やかな繰り返し。
その手を払いのけるのは諦めて、エドは一度閉じた瞼をまたこじ開けて斜め上にある顔を見るために少し顎を上げた。
普段よりいくらか緩んだ顔が、そこにあった。
その顔が嫌いなわけではないのだけれど、無駄に穏やかな顔をされるとなぜかむず痒さを感じる。
そしてその表情を何とか別の色にしたくなるのだ。
「……あのさ」
「ん?」
「なんで俺を抱くわけ?」
動かない、というか気怠くて動かしたくない身体をそのままに、目線を動かして問う。
唐突過ぎる問いはほんの少しエドの望みを叶えた。
ロイはその瞬間目を張ってエドを見返した。だがそれもすぐに消え、苦笑。
「なら、どうして君は私に抱かれる?」
「……質問に質問で応えんなよ」
むっとして顔を背けると、それを追うように手が額に触れる。
汗ばんで張り付いた髪の先を取り、その手は離れた。
「君が好きだからだよ」
やはり穏やかな顔でそう告げるロイに、エドはまたむず痒さを感じるのだ。
好きだから。
そういう意味で求められるのだとしたら、ロイの望むようには応えられない。応えない。応えたくない。
日々満ち欠ける夜空の月より移ろい易い人の心は、何に誓い立てようと変わる時は変わるだろう。
こんな行為をする以前も、した後も、そんな時を幾度重ねようとも。
自分の思考に没頭して、眉間に皺を寄せたまま黙り込んでしまったエドが気にしないのをいいことに、ロイはまた金糸の髪を梳き始める。
「私は君が好きだよ」
睦言、というよりロイのそれはまるで『鳥は飛ぶよ』と、当たり前な認識をただ繰り返されたような口調だ。
「何を悩む必要が?」
「……あんたはそうだろうけどね」
自分の考えることがまるで意味のないことのように思えてくる。そうさせるロイにエドは苛立ちを感じる。堂々巡りのような悪循環にエドが会話を放棄しようと顔を背けた瞬間。
「庭に花の咲く樹があったとする」
寝返りを打ったエドの背を抱きこむように、腰の周りに腕が回される。
その体勢で固定されてしまえば、動きづらい中で無理に動けるほど回復していない身体は抵抗することすらできない。
「花の季節にあるそれは明日咲くかもしれない。明後日かもしれない。もっと先かも…そして今年は咲かないかもしれない。もしかしたらもう2度と。
だがそれでもそれが咲いても咲かなくても、その樹を責める者はいない。
その樹の状態は様々な条件によって促された結果であってその樹自身は何の意思もなく、そこにただ生きていただけなのだから。」
耳元に語られる言葉は優しく。吐息が首筋に触れては消える。
「ならば私はせいぜいその花が咲いてくれることを祈って、丹精にその樹を愛でるだけだ」
そして肩に当てられた唇が、音を立てて痕を残していく。
いつも服の襟に隠れているせいであまり日に焼けていないそこにはいくつかの小さな傷跡が残っているのがすぐに見て取れる。
その中で、まるで花咲くような紅い、痕。
「咲いたら、いつか散るよ?」
「ドライフラワーにするつもりはないから安心したまえ」
冗談めかした言葉に笑って、エドはロイの手を取った。
「せいぜい頑張って咲かせな?」
この手で。
手首に薄紅の花を咲かせて、エドは再び瞼を落とした。
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