「お土産」
そう一言。渡されたのは紅玉石にも劣らぬと言われる果実。
赤く艶光る小さな実がふたなりに付いた茎をいくつか掴んで目の前に差し出されたロイは一瞬目が点になった。
「…土産?」
「そう」
「……その心がけが殊勝なのは認めよう」
「素直に『ありがとう』が言えない大人は心が寂しいんだってよ?」
「…素直に『ありがとう』と言えるような物ならば、そう言うとも」
せめて、何か容器に入っているものではないのか、そういう類の"お土産"とやらは。
そう訊ねると、エドは小さく首を傾げた。
「いや、だってこれさっきそこの店で買ってきたのの残りだし」
「それは"土産"とは言わないんだ、鋼の」
「俺の気持ち的にお土産って事で」
「気持ちは喜んで受け取ろう。それで、その余りもののさくらんぼをわざわざ私に持ってきた理由はなんだい?」
「ちょっと実験」
「どんな」
「茎を口の中で結んで見せて欲しいだけ」
言われた内容に、ロイは驚きに言葉をなくした。
だがそれもすぐに回復して、渡されたさくらんぼのひとつをまじまじと見つめる。
「それはあれか?『キスの技能』を測るとか言う」
「そうそう。大佐なら結構上手くいけんじゃないのかな、と思って」
「別名『キスをねだる口実』」
「ねだってないからさっさとやって」
「ならなぜそんなことを?」
「キスの方法実践で教えて欲しいわけじゃあないことだけは確かだけど」
何も訊かずにとにかくやれ、と言わんばかりに明確な答えを差し出さないエドに諦めてロイは渡された果実のひとつから茎を外して口に運ぶ。
ざらりとした感触と茎の匂いに眉を寄せながら、舌の上でしばらくそれを転がせる。
だがそうして、ふと口の中の動きを止めて、何か言いたげな相手を見て、ようやく目の前の少年のやりたかったことが分かった気がした。
「鋼の」
「ん?」
「嫌がらせか?」
「あ、やっぱり?」
問いにエドが笑う。
口の中から出した茎をゴミ箱に捨てながら、ロイは溜息を吐いた。
「茎の短いものばかり選んで持ってきたというわけか」
「指でも結べなかったからさ、どうかなぁと思って」
「絶対的に長さが足りないものはいくら技術を駆使しても無理だろう」
「とかいってさ、実際のとこ…」
笑ったまま唐突に言葉を途切れさせたエドに、ロイは一瞬怪訝そうな顔をしてその表情を窺うがすぐに意味に気付いた。
「実際のところ?」
「いや、いい。失言。なんでもないデス」
「お望みとあらばいくらでも示してあげよう。実体験ほど尊いものはないよ」
「遠慮する」
「いつからそんなに慎ましくなったのかね?」
「昔からだよ。じゃ」
これ以上藪をつつくことを恐れたのか、エドはロイが動く前に踵を返した。
気付いたロイが手を伸ばすが、その手には別の物が投げつけられる。
「そっちがホントの土産」
分厚い報告書の束を身代わりに、エドは上手くその場を逃げおおせる。
ロイは仕方なく椅子に腰を戻し、机に置かれた果実をひとつ拾い上げて口に放る。
酸味の強いその味と手に残った紙束に文句をつけながら、ここで密かにだが確実に小さな復讐心という火がついたのだった。
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