まさかばれるなんて思わなかった、と言ったら余計に悪化させるだけなんだろうな。
 と、そんな反省の欠片もないことを思いながら、ロイは目の前の少年を少し困惑の混じった目で見下ろした。
「鋼、の」
「触んな」
 伸ばした手を、物理的に払うのではなくその口調の厳しさで跳ね除けて、エドは僅かに身じろぐ。
「欠片でもっ」
 不自然に呼吸を乱した相手に、しかしロイがしてやれることはない。
「欠片でもあんたを信じた俺が馬鹿だったってことだろ」
 睨み上げることも出来ないのは、表情を見せないため。
 エドの意地っ張りなそれは時に微笑ましい類のものだったが、今はそうも言っていられない。
「鋼の…」
 困惑を抱えてうんざりと相手を呼んだ声にびく、と肩が震える。
 その小動物のような反応に、ロイは苦い表情に更なる皺を刻む。

 それは価値観の違いであり、人生経験の差であり、相手に求めるものの食い違いであって、総括すると2人の間には埋めることの出来ない溝があることになる。
 自分以外の不特定多数の1人と相手が所謂身体の交友関係を持った場合に対する認識の違い。

 ロイはそれを"嫉妬"で表し、エドはそれを"裏切り"だと思う。


「サイテー…」
 ぼそりと呟かれた言葉に、ロイはがしがしと自分の髪の毛を掻きまわす。
「鋼の」
 先ほどまでとは少し違う声音に、エドはようやく僅かに目線を上げた。
「私は君以外に愛を囁いた覚えはないよ」
「っそれは、」
「そして君からそういう言葉を貰った覚えもない」
「だから誰と寝ようと関係ないって?」
「いや。ただ君からの言葉を欲しいと言っているだけだよ」
「言わなくたって分かるだろ!?」
「言われなければ分からないさ」
 それがロイとエドとの違いだった。
「最低限の欲を満たす行為と、愛あるそれとの違いは」
 自分との行為の最中に何度も熱を上げるように囁かれる言葉達を思い出して、エドは顔を顰める。
 ロイの手が、別の、女性のすべらかな肌をなぞってそんな言葉を囁いているところを想像すると不覚にも涙が滲みそうになる。
 エドにとってその言葉はその行為に伴われて然るべき言葉であって、それがないそんな行為が成り立つこと自体がおかしいのだ。
 だが目の前の大人の中ではそれが成り立つらしい。


「エドワード」


 肩を竦ませるには充分な力を持つ言葉に、諦めてエドは顔を上げた。
「愛しているよ」
 ぞくりと肌を粟立たせた言葉にエドは恨めしげにロイを睨む。
「…君は?」
「……卑怯者」
「言って欲しいね」
「ヤダ」
 普通、この一言を突きつけられれば自分の要求が却下されたことを悟るだろうに、相手はそれでは懲りずに笑って更に問う。
「なにがだい?」
「……言わされるのは嫌だ」
 仕方なく正直に答えれば、更に笑いが濃くなる。
 意地の悪いそれに気付きながらも、どうしてそれでもこの腕を伸ばしてしまうのか、が答え。
「みっともなく泣き喚けそうなくらい好きだよ、あんたを」
 せめてもの抵抗に自発的に告げてしまえば、別の行為を強制されるのは分かっているけど、結局それだって互いに求めた結果なんだからどこにも強いられたものなんてない。
「ホント、最低だ」
「今度はなんだい?」
「なんであんたなんか好きなんだろう、と思って」
「光栄だね」
 喉の奥で笑みを殺すロイが伸ばす腕に捕まりながら、エドは心底悔しそうに拳を握り締め、手加減込みの一発をその鳩尾に突きいれた。









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不倫の話。救いようがない。
エドも不倫すればヨロシ(待て)