夢の隙間を縫って、落ちる、音。


 広がる波紋。


 眠りはまだ、深く。

















 曇り空が泣き始める。
 締め切った窓の外を覗いたユーリは、ひた、とガラスに手をついた。

「雨、か」

 霧のように視界を白く煙らせる雨水。


 気鬱な気分は今に始まったことではなく、むしろ起き抜けにしてはまだ良い方。
 気まぐれなリズムを弾く雨だれは、穏やかな気分と気怠い体を眠りに誘う。

 雲間から時折思い出したように差し込む光が、肌に触れては、消える。



 訊ね来る者もない。
 変わらない日常。

 ただ部屋に少しだけ残る、微かな気配。


 忠実な獣が、今はいない。



 少しだけ強まった雨は、急ぐように空模様を替えて通り過ぎて行く。
 灰色の空の端に、紺碧が覗く。


 すぐに光を取り戻しそうな窓から手を離しかけたところで、ふと下を見下ろしてみる。
 そこに、少し足早に向かってくる、濡れそぼった影。


 一瞬、部屋の気配が膨らんだような気がした。


「まるで、私の方が獣のようだな」
 小さく笑ったユーリは、ゆったりとした歩調で一人掛けのソファに戻り、放って置かれた五線紙を拾い上げた。




「…ユーリ、起きてたんすか」
「あぁ。今さっき」
 服は着替えたのか乾いたもの。
 だがタオルを首にかけていて、まだその髪からは水滴が滴っていた。
「外にいたのか」
「買い物に行ったら、降られて、ちょっと困ったっす」

 口端が少しだけあがって、苦笑する。
 その仕草も、もう見慣れたもの。

「髪が、まだびしょ濡れだ」

 億劫そうな仕草は変わらず、立ち上がって、触れようとして。
 ふと、さっきの光を思い出す。
 触れた端から消えそうな、それを想う。

「ユーリ?」
「なんでも、ない」
 空中で手を止めたユーリを訝しむアッシュに首を振ることで応える。
 そして、止まった手を伸ばして、濡れた感触に触れる。


 その存在が消えそうだと。
 そんなことあるはずもない。

 消えるのは彼ではなく、それを捉える自分のほう。


「いつまで、」

 濡れた髪に指を絡ませ、遊ばせながら、囁く。

「こうして」

「どうかしたっすか?」
 不意に途切れた言葉に、不思議そうにアッシュが問う。
 だが応えはない。
「ユー……あ」
 顔を覗き込もうとしたアッシュは、ぐらり、と傾いできたユーリの体を慌てて支えた。
「眠るならそう言ってから寝て欲しいっす……」

 もっとも、今の彼には無理な注文だった。
 体を抱えあげる。遥かに軽いそれが、彼の重み。

「いつまで……ね」


 呟いた拍子に、ユーリの肌に雫が一つ、零れ落ちた。
 滑り落ちるように頬に跡をつけた雨だれを拭えずに、アッシュは溜息をついた。

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雨企画。