「ねーユーリぃ…?」

 自室の机に向かっていたユーリは、唐突に背後からかけられた声に溜息をついた。

「ノックぐらいしたらどうだ?」
「あれぇ。ちょっとぐらい驚こうヨ」
「くだらん」
「ヒヒッ」
 姿を現したスマイルは両手をぶらぶらと動かしながら、ユーリの手元を覗く。
「新しい曲?」
「ああ。遊び相手が欲しいのなら他所を当たれ」
「んー、ちょっとハズレ」
 弾んだ声で言って、スマイルは机の上の紙面を拾い上げた。
 作業を中断されたユーリが仕方なくスマイルを見上げる。
「あのねー、ユーリ」
「なんだ?」

「ボクさ、愛だって分ければ減ると思うんだよネ」

――― ……は?」
「だからさ、ボクの愛の分お返し貰おうと思って」
 珍しく真剣な顔のスマイルをまじまじと見つめ、ユーリは眉根を寄せた。
 しかしユーリの疑念そっちのけで、スマイルは器用に口端を吊り上げた。



「というわけで。愛してるヨ、ユーリv」


 その言葉が終わるや否や、ユーリはスマイルに唇をふさがれた。

 もちろん、唇で。


 さすがに絶句したユーリの意識は、何かけたたましい音によって現実に戻された。


「す…す……ま?」


 ドアの前で立ち尽くしていた見慣れた狼男が裏返った声を出す。
 その足元に、見るも無残なティーセットが散らばっているのを見て、ユーリは思わず額に手を当てた。

「………その、あの……えーと……すまねぇっス……!!」

 叫んで、走り去ったその後姿を見送り、数秒。


 堪えきれないというようにスマイルが笑い出した。


「あははははは!絶対誤解してる―――!!楽しいっ」


 その誤解を狙ってやったとしか思えないスマイルに、ユーリはすでに怒りを通り越して呆れしか浮かばなかった。
「スマイル……」
「予想通りの反応だね☆」
「…アレで遊びたいのなら、私を巻き込むな」
「ユーリ絡みの方がアッス君ショック受けやすいしネ」
「それが本音か?」
「違うヨ。だってボク、ユーリから愛のお返しもらいに来たんだから」
「お前の薄っぺらな愛に返すものなどない」
「ヒドイねぇ」

 会話を続けるほど頭痛に襲われそうで、ユーリは天井を仰ぎ見た。

「直接攻撃もう飽きちゃったんだよネ。これもまた一種の愛情表現だヨ…ってことでアッス君、夕飯はお返しにカレーねー!!」
 理不尽この上ないことを叫びながらスマイルは部屋を出て行く。




 あのお調子者の愛とやらが減るかどうかは別として。



「………確実にアッシュの幸せは減るだろうな………」



 再度溜息をついて、ユーリは何事もなかったかのように机に向かった。


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