水気を含んで柔らかい土の上には一歩毎に足跡がしっかりと残る。
半分より少し膨らんだ月は時折黒い雲に隠れておぼつかない光を降らせている。
情緒たっぷりの、城の裏側への道の途中。いや、すでに裏庭はそこに見えていた。
たったひとつだけ、ぽつりと置かれた墓石。
灰色の石に刻まれた名前は、"Yuli"。
何の説明もない。ただ磨かれた灰色の石に名前が大きくもなく、まして小さくもなく刻み込まれている。
外見だけでも冷たさを伝えそうな石の前に立って、アッシュはひときしりそれを眺めたあと、少し視線を上に向けた。
「いつこんなもん作ったんですか」
「お前がいない一週間の間に」
「なんか…」
ゆっくりと腕を伸ばす。あえて時間をかけたのは『触るな』という忠告がくることを一応考慮して。しかし結局その石に触れても言葉は降ってこなかった。
「デザインがキレイっすね」
「そうか?」
あまり熱のこもらない応えだったが、相手がその言葉に少しは満足していることが分かった。つまり本人もそれを気に入っているのだろう
「でもなんでまた」
「キレイなんだろう?」
「そうっすけど」
「問題が?」
「問題というか…」
"Yuli"と刻まれた石。
優雅に足を組んでそれに座っている相手を見上げて、アッシュは困惑したまま言葉を捜したが結局上手くは見つけられなかった。
「……死んでないじゃないっすか」
「そうだな」
「今必要が…」
「あるわけではないが」
「縁起悪いっすよ」
アッシュの言葉に、ユーリは微かに笑った。
「お前のも作ろうと思ったのだが、本人の意向を訊いてからにしようかと」
「…はぁ」
「スマイルはあの木の下に作ると言っていたがまだ彫り終わらないそうだ」
「…一週間石彫ってんですか?」
「なんでも芸術的なギャンブラーZがなかなか難しいらしい」
「あぁ、そうっすか…」
とりあえずは頷いて、アッシュはスマイルの作るスマイルの墓石を想像しようとしたが、想像力の限界を感じてやめた。
「『縁起が悪い』と」
「はい?」
「言うと思ったよ」
やはり笑っているユーリをアッシュは不思議そうに見上げた。
「そう言い出したのはスマイルだが」
「だって縁起悪いっすよ」
「もともと自分達が縁起のいいものとは言えまい」
「そういうことじゃなくてっすね…」
「分かっている」
「じゃあなんで」
言い募ろうとするアッシュにユーリは面白そうに見下げる。
「キレイだろう?」
「え…まぁ」
「別に墓石を作ったからといってここに埋まるわけではない」
「?どういう意味っすか」
「埋葬される意思を示す石ではない、と言っている。これは」
ひた、と冷たい石の上に同じように冷たい白い手が当てられる。
「ただの、記念碑のようなものだ」
ただ名前だけが刻まれた石の上に座って、ユーリは笑う。
「要は、面白そうだったってことっすか」
「死者への冒涜だとでも言うか?」
「いえ…欲しかっただけっすよね」
「その通りだ」
「なら、別にいいっす」
いつも通りの気紛れにいちいち過敏反応をする気にもなれなくて、アッシュは溜息ひとつでそれ以上の言葉を諦めた。
graveってgrayと似てるなと思って。(イメージが薄暗いっていうか)