01. 残念な事に 終わりはすぐ其処まで来ていた (リボ+ツナ)
02. ありがとうなんて どうして今さら そんな事言うの (ヒバ+ツナ)
03. 優しい嘘なんて存在しない 泣きながら そう気付いてしまった (ラン+ツナ)
04. あなたがわたしをいらないという わたしはいたみをころしてうなづく (ヒバ+ツナ)
05. ライオンになりたい 虫一匹殺せないような ライオンになりたい (リボ+ツナ)
君を捕らえる破綻理想
明日には、自分にたいそうな肩書きがついてしまう。
今更泣きも喚きもしないけど。
泣いて喚いたところで聴いてくれる相手じゃないのだし、そもそも逃げ出せるような状況でもなくなってしまった。もう自分で背負うべきものだと覚悟も出来た。
それでも何が嫌なのかと言えば、明日になったらこの数年ずっと一緒にいた存在を手放さなければいけないこと。
業界ナンバーワンに燦然と輝くお子様をダメな自分の為に長い間引き止めてしまったが、もうこれで随時共にとはいえなくなるだろう。
正直、清々しい気持ちも否めないけれど。
「でも寂しいんだよ…」
「甘ったれた事言ってんじゃねーぞ」
「ね。ホントに」
自分で自分を苦笑う。お前がいないとやっていけないなんて言えないし。そんな事言うような奴には育ててもらえなかった生憎と。抜かりのない鬼教師は相も変わらず可愛らしい顔で愛銃を弄っている。
なにか彼を留める方法はないのかと考える。でも自分は彼を部下にしたいのでも傍に置きたいのでもなければ束縛したいわけでもない。
ただ、まだもうしばらく。
一緒にいたかったな、とか。
「俺に依頼すれば会うには会えるぞ」
「……依頼?」
何を頼むのだろうかと考えを巡らせて、そう長くはない思考の後に思い当たる。彼はヒットマンだ。それも凄腕の。
「殺人依頼かよ…」
「高くつくけどな」
存分にふんだくられそうだ。でも幸いなことにまだ彼に大枚はたいて頼みこむような状況には陥っていない。
「や、そーじゃなくって!もっと平和にっていうか、えっと…」
結局自分が彼を雇うなり囲うなりしない限り共にいるなんて選択肢は発生しないんだろうか。いっそ養子にとか出来ないのかとか。それを甘んじて請ける程安い存在でもないお子様は、何故だか楽しそうに口を歪めていた。
悩まずとも綱吉が10代目ボンゴレの名を正式に戴いたその後、リボーンはかなりの頻度でこの新しいボスの部屋に現れるのだが、それはまだ見ぬ未来の話であって今この時ではなかったから結局綱吉はこの日の殆どをそうして無駄に過ごしたのだった。
→
(01. 残念な事に 終わりはすぐ其処まで来ていた)
ついでに始まりもすぐその後にあったって話。
妥当報酬案模索中
「なにか、欲しいものはありませんか?」
「は?」
問えば、雲雀の視線がこちらに向く。ソファの肘掛の部分に座っている雲雀の目線は、デスクワーク中の自分より少し下にあるのだが…下から鋭い視線に晒されると逃げ場がない分恐さが増す。
未だに彼の視線が恐い自分もどうかと思うけれども。
「何の話?」
いきなりそんな事を問われる覚えはないよ。否定的に言葉は返ってきた。
興味本位ですと答えると殺されそうな気がするが、正直に話してもやっぱり殺されそうな気がする。
結局綱吉は少し考えて「仕事の報酬の参考に」と当たり障りなく答えた。
「金品以外?」
「特に制限は。参考です、し」
「じゃあそれでいいんじゃないの」
現金を積め、ということだろうか。まぁ確かに一番手っ取り早くて分かりやすいけれど。
「…俺から、あげられる物ってないですか?」
暗に、そういう意味ではないのだと主張する。途端に雲雀の視線が鋭さを増した気がした。
「何。功労賞?わざわざ」
くすくす、と笑い声が混ざる。冷ややかなそれは嘲りを含んでもう物理的な力を持っているみたいだった。内臓が痛い。気のせいだろうけど。
「君自身から引き出せる価値ってそうないよね」
金品の報酬や、ボンゴレでの地位。綱吉の立場で与えられるものを除外して、なおかつ綱吉自身から差し出される価値のある報酬なんて、と雲雀は哂うのだ。
「君の事咬み殺すのは駄目なんだろうし」
一応の立場を考えて。ボスに牙を向いてもらっては困る。
「ついでにリボーンとかその他でもダメですよ」
彼が咬みつきたがりそうな面々を思い浮かべ、綱吉は先んじて釘を刺す。
「だろうね」
雲雀はその言葉につまらなそうに呟く。
「それで、身体以外にどこを売るの?」
「………。」
その言い方だとなんだか別のお話になりませんか、と尋ねたくなるのは裏社会に身を置いているからなんて理由だけじゃないと思うのだが。
「精神的充足より物理的充足ですよね、やっぱり…」
そうなると、やはり綱吉自身から差し出せるものなど無いに等しい。
「ところで何でそんなこと言い出したの」
「…特に理由はないんですけどね」
「ふーん?」
苦笑した綱吉に、どこか含みのある笑みを向けて雲雀はソファに寝転がる。
そう、別に必要性のある問いではなかったのだけれど。
自己満足の罪滅ぼしは諦めようか。自分を蝕むほんの僅かな罪悪感がそんな事を問わせているのだとしても彼にとってはとてつもなくどうでもいい話だろうし。そう勝手に自己完結して、綱吉は奇跡的に平穏無事なまま続いた話を切り上げた。
→
(02. ありがとうなんて どうして今さら そんな事言うの)
良心の呵責により。05の続き。
瀬戸際のパラドクス
「…、久しぶり」
この言葉を伝えるべき人は、今目の前にいる相手ではなかったのだけれども。
言おうとした瞬間に相手が消えてしまったのだから仕方がない。
辛うじて惰性のように口から零れた挨拶は、だが相手には届いていないに違いない。
体中のエネルギーを全て注ぎ込んでいるのではないかと思うくらいの泣きっぷり。基本的に人の話を聞いていない子供だったが、泣いてる時は更に性質が悪い。
「ランボ。ちょっとランボ」
床に転がっていた子供の彼を拾い上げる。彼を抱き上げるなんて行為、本当になんて久しぶりの事だろうと苦笑が浮かぶ。
顔の前まで持ち上げて目線を合わせると、ようやく気付いたのか泣き声が止んだ。
「あれ、ツナ」
「うん。こんにちは。今日はどうしたの?」
訊かずとも、リボーンに返り討ちにされたとかイーピンに逆襲されたとかだろう事は予測がつく。所々煤けていたり傷ついていたり。さすがにちょっと痛々しいのでハンカチで適当に拭ってやった。
「ほら、飴あげるから」
彼の大好きなブドウの味がする飴玉をひとつ取り出す。何故こんなものがあるのかと言えば、現在の彼もまだ変わりなくこれが好きだからである。
甘いそれを口に放り込んでやって、途端上機嫌になったランボに溜息を吐く。
「リボーンに何したって無駄なんだから、もうちょっと頭使いなよランボ」
聞いているんだか聞いていないんだか分からないが、過去の自分に降りかかる迷惑を思い出すとそういう愚痴は知らず湧き上がってくる。
「イーピンだって、女の子なんだから」
「ひゃから?」
飴を頬張ったままの口が動く。言い聞かせてはいたが正直まともに聞いているとは思わなかった綱吉は、一瞬言葉を呑んでから駄目元で先を続けた。
「女の子には、優しくするものだよ」
きっと、多分。半分リボーンの受け売りで。自分が言うのもなんだかおかしいと思うからこそ苦笑が浮かんでしまうが。
「ランボさんがそうなるとツナはうれしいのか?」
問われて、ふと気付く。もしかしてこれのせいで今のランボが出来上がってくるんだろうか。
「え、いや…そういうわけでも…」
今のランボが嫌なわけでは無いが、自分より遥かに女の子の対応に慣れているランボもなんだか微妙だと思っているツナは否定に近い言葉を紡いでしまった。
すると、にやり、と嫌な音を立てそうな笑顔がそこにあった。
しまった。幼少のランボはどちらかというと天邪鬼な性格だった。
ランボに否定の否定を重ねようとしたところで、彼は手の中から消えてしまった。ああいつもいつも肝心な時に!
10年前の自分は10年後のランボから教わるところも多少はあったけれど。もしかして自分がこうして10年前のランボに影響を与えてさらに今の自分があるとしたらとんでもない話だ。
「嘘でも肯定しておけばよかったよ…」
現在のランボを目の前に、無駄な嘆き。過去のリボーンにでも泣かされたのか相変わらず涙目の彼にもうひとつ飴を取り出してあげて、綱吉は引き攣った顔にどうにか笑顔を浮かべた。
→
(03. 優しい嘘なんて存在しない 泣きながら そう気付いてしまった)
あるのは都合のいい後悔ばかり。
鈍器、時々入り口。のち出口
ガッ。
「いい音がしたね」
しましたね。思えど、同意する余裕もなく綱吉は床に蹲った。
「相変わらず鈍いんだ、君は」
知っていたけれどね、と冷酷な言葉が続く。ええ、その通りです。
加害者は言葉の暴力までもを気儘にふるった挙句にまるで何もなかったかのように通り過ぎて行った。
まあ故意に加害者になったわけではないのだしと綱吉は痛む額を押さえ、よろよろと立ち上がった。
偶々綱吉が部屋から出て行こうとしたところにこれも偶々、雲雀が部屋に入ろうとドアを開けた。ドアは内開き。そして結果はこの通りである。
「そういえば君がここにいるのは珍しいよね」
てっきり通り過ぎたまま戻ってこないと思っていた雲雀の声が真後ろからして、綱吉は飛び上がりそうになった。
慌てて振り返ってみるとミネラルウォーターと白いタオルを持っている雲雀がいて。
調達経緯を尋ねる間もなく、ボトルのキャップを外した雲雀は躊躇なくその中身をタオルに滲みこませた。
「え、ヒバリさん…?」
床に零れる雫も気にせず、適度に全体を湿らせたタオルを綱吉の額に。即席でそんなもの作り出す器用さにも驚いたが、それ以上にこの気遣いとも言える行為の方に驚いた。
「水が…」
「そのうち乾くよ」
ここは一応資料が溜めてある部屋なので湿気はダメなんじゃないかとか思いはしたが、その反論は聞いていただけそうにない。
ズキズキと痛む額の怪我にタオルを当てると余計に痛むが、冷やさないよりはマシだろう。こういう時の処置の速さは大切だ。
「…あ、ありがとうございます。これ」
はた、と気付いて礼を言う。本来なら先に礼を言うべきだったと恥入るというか蒼褪める。だがまだ彼の機嫌を損ねるまでには至らなかったらしい。さも当然とばかりに反応の薄い雲雀の様子を窺って、綱吉は安堵の息を吐いた。
「君一人?」
「へ?あ、はい」
さっきまではリボーンも一緒だったのだが「用がある」と言って出て行ってしまった。資料を探しに来たのは綱吉自身だが、あまり調べ物には向いていない自分が一人で探していても埒が明かないと気が付き、人を呼ぼうとした所で雲雀にドアをぶつけられたのだ。
綱吉の答えに用は済んだとばかりに雲雀は資料棚の方へ向かう。
「ヒバリさんも調べ物ですか?」
「うん。君のね」
短く告げられた答え。その意味が一瞬解りかねて、綱吉は首を傾げた。途端に額に半分忘れていた痛みが走る。
「っつ、あの、ひば…」
コンコン。
問い直そうとした声はノックの音に遮られ。
「リボーンここに…」
「いないよ」
ドアから顔を出したのは山本だった。質問が終わる前に素気無く断ち切られた彼は、それを気にも留めずただ雲雀の存在に首を捻っていた。
「そっかー。あ、じゃあツナは?」
「いらないから連れていきなよ」
いらないって。少し泣きたくなりながら、山本の死角にいた綱吉は半分程開いたドアの方へ回り込む。
「お、いたなツナ…どうしたそれ?」
「自分で勝手に鈍器にぶつかったんだよ」
「……うん」
雲雀が勝手に答えてくれた。概ねそれも間違いではないけれど、なんだかなぁ。額の痛みを堪えて、綱吉は項垂れるように頷く。とりあえず、呼びに来たのが獄寺君じゃなくて良かったと心底思った。深く追求されずに済む。
多分調べ物の方は雲雀がリボーンに頼まれたんだろう。雲雀に頼みごとを出来る人は本当に限られているから。
それならば自分は邪魔にならないようにいなくなった方がいいのかもしれない。
「ありがとうございます」
早く行きなよ。2度目の礼への素っ気無い返答を彼の優しさだと思う事にして、綱吉は雲雀の言うところの鈍器のノブをつかんだ。
(04. あなたがわたしをいらないという わたしはいたみをころしてうなづく)
将来的にはツナも雲雀さんに頼み事できるようになると思います。
飴と鞭、それと銃弾
鉛弾が恋しい。
思って、自分の思考に凹んだ。
恋しくない恋しくないそんな物騒なもの断じて恋しくないからな!
誰が聞いているわけでもない。強いて言うなら自分に対して一生懸命に弁解した。
リボーンが自分の元を去って一週間。
寂しいとぼやいた自分の言葉なんてあっさりと無視して、彼は傍らからいなくなった。
清々しいとは程遠い生活の始まりと共にある意味の清々しさを感じないでもなかったが、日に日に寂しさが募っていくのも否定できず。
もうあと数ヶ月も経てば慣れるのかもしれないが、今の綱吉はそんな先の事など知った事ではない。今だ。今、まさに寂しさのピークに達しているのである。自分で認めたくはなかったが。
こうなってくると、別れる前の日に言っていたリボーンの言葉を真剣に考えたりもしてしまうのだ。
殺人依頼かぁ…誰か手頃な人いるかなぁ…。
誰も居ない部屋の中。誰も見る事のない胸の内。誰も綱吉の物騒な思考を咎めてなどくれない。話は続く。
ほら、例えばヒバリさんとか。そんなあっさりは殺されないだろうし。対象もボンゴレの中だから会う確率倍増だ。ヒバリさんだったらリボーンに狙われてもむしろ喜んで相手してくれる気が…って。
違うおかしい間違ってる!!
誰も咎めてはくれない思考を綱吉は独りで止めた。止まってよかった。
いくら相手が雲雀だとしてもやって良い事と悪い事がある。そういう問題でもない気がしたが、今綱吉の中ではそういう問題にするしかなかった。
これもあの家庭教師の計算の内だったらたまらない。それこそ思う壺じゃないか。どんどん思考がド黒く塗りつぶされている気がする。
飴と鞭どころか銃弾で鍛えられてきた自分はどこで間違ってこんなにも真っ直ぐ歪んでしまったのだろう。よもや飴好きなお子様マフィアと鞭使いの兄弟子のせいでもないだろうし。
思考がずるずるとずれている事にも気付かずに綱吉は頭を抱えて唸った。
堂々巡りに悪循環していた思考に穴を開けたのはノックの音だった。堅い音が部屋に響く。綱吉は反射的に返事をした。
そして開いたドアの向こう。
「ちゃおっす」
「……リボーン?」
狂った思考の元凶がいた。
「え、何しに来たんだお前」
「暇潰しに」
いやいや待て。一応ここはマフィアのボスの部屋であってだな。
…リボーン相手には無意味か。
はぁぁぁ。深い溜息を吐き出して、綱吉はリボーンにソファを勧めた。そうだった、こいつはそういう奴だった。
ごめんなさいヒバリさん。
一瞬でもこんな奴のために犠牲にしかけました。あとで何かお詫びを考えよう。なけなしの良心が痛んで仕方がない。
「お前はスゴイな…」
ああ、自分は一般的な小市民だったのに。決してマフィアのボスなんてものになりたかったわけではないのに。
気付けば自分は虫一匹殺せなそうな外見のまま、肉食獣より物騒な思考に染まっていた。
「当たり前だろ」
スゴイの意味を言わずとも。偉そうにソファで笑うリボーンを見て、結局綱吉も笑うしかなかった。それが嬉しさなのか悲しさなのか、まして虚しさなのかもよく分からないままではあったが。それでも自分は幸せだ。多分。
→
(05. ライオンになりたい 虫一匹殺せないような ライオンになりたい)
今更なれないと知ってはいるけど。