「なあもう俺のモノになってよ」
リボーン。
名を呼ぶ声が酷く甘く思えて。
まるで蜜を舐めたようだ。浮かんだ比喩にリボーンは嘲った。
「御免だな」
安く見られたものだ、この俺が。
否定の言葉を吐きながら、そこに込められたのは相手への拒絶ではない。
「誰がお前のモノになんてなるか」
なあ、ボンゴレ10代目。
この“家”ひとつに囚われるつもりなど毛頭無い。
その意味を込めて喉をくつりと鳴らせば、綱吉は困ったように微笑を浮かべた。
「俺を“ここ”に縛り付けたのはお前だろ?」
「それは俺の仕事であって、意思じゃねー」
「うそだー」
綱吉はくすくすと笑い出す。確かに僅かも私情が挟まらなかったかといえばまあ嘘にはなるが。
「…まだこっちの方がやりやすいしな」
自分がこちら側にいるのだから、相手を引き込んだ方が早いに決まっている。たとえそれがドン・ボンゴレなんて少々厄介なポジションでも、日本で平々凡々に暮らしていた時より面白味は増す。
1人掛けのソファに身を沈めている相手の前に立ったリボーンは腰を折ってその背凭れに片手をかけた。そしてもう片方は、相手の顎へ。
「無防備だね」
「お前がな」
自分にはレオンがいるのだから。笑って、リボーンは綱吉の顔を上向かせた。
「俺が擦り寄ってんのは、マフィアの一角担うファミリーのボスじゃなくてお前だぞ?」
「よく言うよ。俺の立場も込みで、だろ?」
「ま、否定は出来ねーな」
愛を囁くその位置で正直に返せば、綱吉は漆黒の瞳にやっぱりねと言うような視線を向けた。
「だから俺の立場で捕まえて置きたいんだよね、傍に」
限りなく近づきながら顎以外には触れてはこないリボーンの意図に気付いているかのように――― 実際気付いているのだろう、綱吉は肌には触れず、弄ぶようにリボーンのネクタイに指をかけて緩くそれを引いた。
「分かってる。やらないよ。傍にいたいけど縛りたくない。ここの囲いは外にも内にも頑丈みたいだし」
「…雲雀と同じ、か?」
「ホント意地悪いよな、お前」
ヒバリさんとは、違うよ。
溜息のように弱い笑い声を零しながら告げられた言葉は、リボーンを唯一、と言うのと同じく彼をも唯一、と認めるような響きだった。
それが面白くなくて、リボーンは手をかけたままの顎をもう少しだけ持ち上げた。
「、リボーン」
「巧くなったな」
不純物を存分に含んだ褒め言葉を吐いて、リボーンはその唇に齧り付いた。
舌先三寸。口先と思考を鍛え更には人身掌握術まで日々磨かせているとはいえ、綱吉が発揮するのはそこまで理詰めの業ではない。そうではないからこそ、時折舌を巻くような力を見せる。
教えたこちらがかかっていては笑えない。そうは思えど、面白がるような色ばかりがリボーンの顔には浮かぶ。
「っ、白昼堂々、襲うな、」
「奇を衒うのもお仕事だぞ」
くく、と低く喉で笑い相手の唇を親指で拭う。
「欲しそうな顔してんじゃねーよ」
「!誰が…」
反射的な抗議を撫ぜる指先で封じて、リボーンは応接用のテーブルに置いておいた帽子を手に取った。
「じゃーなしっかり仕事しろよ、ボス?」
「あーあ…はいはい」
同じようにテーブルに広げてあった書類を片付け始めた綱吉に、身支度を整え相棒のカメレオンを掬い上げたリボーンは挨拶代わりに小さく付け足した。
「…後でな、ツナ」
油断していたのだろう。誘うような声音の甘い罠に掛かった綱吉がガタリ、と音を立てて体勢を崩したのを見納めて、リボーンは部屋を後にした。
基本はリボーンも雲雀さんもフリー。その割りに2人ともボンゴレに入り浸ってる、みたいな状況で。
ボンゴレのモノになってる2人の話も好きですが。
070320