「随分と人間らしくなったよね」
君、と続き示された代名詞がなければ何のことかと問い返しているところだった。
目の前のソファに座する相手はそう言い出しておきながら会話をするつもりも無さそうに出された茶に口をつけている。自分のカップにあるエスプレッソとは違い、あちらは澄んだ紅。要望に沿ってわざわざ別の物を手ずから淹れたこの部屋の所有者は席を外していた。
まるで人じゃなかったみたいな言い草だな。思って哂った。あながち間違いでもない。
すぐにその笑みを咎めるように視線が飛んできた。その目はまるで肉食獣、あるいは猛禽類だ。しかしその視線も長くは注がれる事なくすぐに興味をなくしたとでもいうように伏せられた。
「…気にいらねぇ、か?」
「どうだろうね」
そのまま寝る気か、と思うくらいに寛いだ様子でソファに背を預けた相手だったが、即座に答えは返った。拗ねているように聞こえるのは自分の錯覚だろうか。笑声は喉の奥で殺したけれども相手は気付いただろう。
「赤ん坊の君の方が面白そうだった」
「光栄だ、とでも言やいいのか?」
「ねぇ」
リボーンの揶揄めいた言葉を遮るように雲雀は不吉な言葉を紡いだ。
「"彼"を消せば、以前の君より面白いことになるのかな」
薄い笑みさえ浮かべて言った割りに、それはまるで『面白いこと』を提案している顔ではなかった。
「そりゃ面白そうだ」
本当にそうして、どうなるかが分からない相手でもない。その事態すら面白がりそうな相手でもあったが。
しかしお互いに口に出す言葉とは裏腹に酷くくだらないことを吐いている、と無表情の裏で承知している。馬鹿馬鹿しい。
「目障りなら先に俺を消した方が話は早そうだぞ?」
「ふぅん。ヤらせてくれるんだ?」
どこか投げ遣りだったな雲雀の声に、少しだけ色がついた。にやり、そう形容するのが非常に嵌る笑みを浮かべた相手にリボーンも同じような表情でもって応えた。
底冷えのようにしんとしていた空気が一瞬にして電気でも帯びたかのように張り詰める。
その、一瞬の空白。
「ただい、ま…?」
ノックなしに開いた扉から顔を覗かせたのは部屋の、というかこの"家"の主。主人でありながら自室に入るのにえらく低姿勢で入ってきた彼は本能的にこの部屋の空気を悟ったに違いない。こちらがまだなんの反応もしていないのにやや顔が蒼褪めている。
向かい合う相手の方は気が削がれた、という態で牙を隠し冷め始めた紅茶に再び口をつけている。
「とっとと入れ」
「う、うん。お邪魔します…」
「邪魔してるのはこっちだよ」
「す、みません…」
「勝手に謝ってんじゃねーよ」
いやだってなんかここの空気おかしいっていうか何このプレッシャー!!!
読まなくても綱吉の顔にそうでかでかと書いてあった。雲雀の手前口には出さないようにしているようだが、バレバレだ。
溜息を吐いてリボーンは中折れ帽で目元を隠した。呆れと共に妙な笑みまで浮かびそうだったのだ。
目の前の相手も似たり寄ったりのようで、カップをソーサーに戻しながらただの呼吸にしては長い息を吐いていた。こいつも随分と気が長くなったものだ。
「待たせた分の埋め合わせはして貰うよ?」
「あ、はい。え、何でですか?」
頷く前に内容を問え、と口に出さずに忠告する。出さずとも呆れの雰囲気を読み取ったのか綱吉はリボーンを横目で見て僅かに表情を引き攣らせた。
「そうだな…とりあえず手合わせさせてよ」
「無理です」
「遠慮しなくていいよ。最近身体鈍ってるだろ?」
「丁度いい。ツナ、ちょっと鍛えなおされてこい」
「うぇ!?ちょっ、待ってよリボーン!」
「俺も付き合うぞ」
「はぁ!?それ事態改善どころか悪化してるから!!」
精一杯の抗議を愛銃を向ける事で黙らせる。最初から大人しく頷いてりゃいいものを学習能力の無い奴だまったく。
「1対1対1の超個人戦だ。死ぬ気でやれよ、ダメツナ」
「ああ、それなら一石二鳥だね」
「そんな乗り気なら二人でやって欲しいよもー…」
死ぬ気でどうにかなるようなものじゃないだのなんだのとぶつぶつ言ってる綱吉に、二人はやはりにやり、という極悪な効果音が似合いそうな笑みで同じ事を平然と告げた。
「君がいないと意味がないよ」
「お前がいなきゃ意味がねぇ」
"傲慢な言葉" : title from sham tears :
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070203