なんだってあんたこんな所に一人でいるんですか。
 彼をなじる言葉は一発の銃声で雷に打たれたように消し炭にされた。
 まるで糸をちょん切ったマリオネットのように不自然に傾く体を寸でのところで支えたランボは気付けば彼の名を呼んでいた。

「つな、ツナ…ツナ!!」

 立場を弁えろガキじゃねーだろテメーもいい加減判れ。数年前、旧知でもある年下のヒットマンに冷ややかに言われて意地を張るように直した呼び方はメッキが剥がれるようにあっさりと脳裏から零れ落ちた。
「、その声…ランボか?」
 案外はっきりとした声が肩の辺りで聞こえてランボはへたり込みそうになった。だがその手探りで何かを確めるような声音に違和感を覚える。
 だがそれを問う前にまた銃声が聞こえた。仕留め損なった事に向こうも気付いたのだろう。段々手荒になっていく音にランボは慌てて標的になっている腕の中の人物を抱えて逃げ出した。
「いッ、ランボ、鳩尾、痛、」
「我慢してくださいよそのくらい!」
 肩の上に担がれているせいで飛び跳ねる声にまだ余裕があるので、ランボはその不平を聞き流す事にした。
「大体にしてなんでこんなとこにいるんですか!しかも一人!」
「色々、事情が、あって、ね!ラン、ボは?」
「仕事です」
「暗殺?」
「いえ諜報に」
「へ、ぇ。めっずら、」
 し、の声に重なって、がちん、と骨に響く音。呻くような声がそれに続く。舌でも噛んだらしい。
「………。」
「ひてぇ…血が…」
「無駄に流さないで下さいよ…」
 いくらか銃声から離れたところでランボは手近なドアを開けて部屋に転がり込んだ。幸い無人のその部屋は窓から良い眺めが見えた。日の光を受ける庭の緑がなかなか綺麗だ。
 外の景色と自分たちの置かれた立場との落差に虚しくなりながら机の上に肩の上の人物を降ろして、ベルトを勝手に引き剥がした。
「なに?」
「足、止血します」
 バックルつきのベルトを絞って撃たれた左足を圧迫する。しながら再度詳しい話を訊くと、彼は非常に手短に話してくれた。
「ここの人が俺を呼び出したから応じただけだよ」
 その言葉で説明を終わらせようとするのでランボは思わず叫んでいた。
「次期ボンゴレボスですよあんたは!?連れもないなんてありえないでしょう!」
「一人でって指定があって」
「明らかに罠じゃないですか!」
「でも人質あってさ」
 少し、声の質が変わった。それに気付いてランボは表情を凍らせた。
「部下、の。家族も巻き込んじゃって」
「ボンゴレ…」
「せめて、と思ったけど…」

 ダメだった。情けないや。

 ツナが情けないんじゃない、向こうに情けが無いんだ。
 そんな慰めにもならない事が頭を過ぎる。きっと目の前の相手より情けない顔を晒して突っ立っているしかできないランボに彼は笑った。
「行こう。ここもすぐ嗅ぎつけられる」
 机から降りて、痛むのか僅かに顔を顰めたが歯を食いしばってそれに耐えて彼はランボの背後のドアに向かって歩き出す。が、予想外にも彼はその途中にあった椅子に躓いて床に転がった。
「……え、」
「いたた…何これ椅子?」
「ど、どうして、」
「あ、ゴメン言ってなかったっけ」
 床に手をついて起き上がった彼が振り返るが、いまいち視線があっていない。
「今、目、見えてないんだ俺」
 あと耳の聞こえもちょっとおかしいんだけど、とけろりとした顔で言うのでランボの方が気を失いそうになった。
「あんたそれでどうやって逃げ出したんですか…」
「勘で。」
 超直感なきゃ死んでたな俺あっはっはー、なんて明るい声が耳を素通りしていく。
「ダイジョブだよランボ」
「どこが…!」
 反論は途中で遮られた。たくさんの足音が聞こえてくる。
「ボンゴレ」
「結構いるな…」
「その足で行くつもりですか…しかも目と耳も。無茶だ!」
「足撃たれたぐらいじゃ死なないよ」
「失血2リットルもすりゃ人は死にます!」
「そーなんだ。知らなかった」
「ツナ!」
「久しぶりだな、その呼び方」
 なあランボ。言い聞かせるような名前の呼び方。そんな言い方をする時は決まって、飲み込みがたいような事を、それでも飲み込まなきゃいけないと思わせる声で言葉で諭される。

 だけど今は。

「お前はボンゴレじゃないんだから一人で、」
「嫌だ」
「ランボ?」
「嫌です。俺だってあんたの守護者なんですよ」
「うんそうだけどさ、それとこれとは」
「別じゃない。俺がここであんた見捨てて帰ったら結局リボーン筆頭にボンゴレの奴等に殺されるじゃないですか!」
 泣きそうな顔でランボが必死に主張すると一瞬ぽかんと口を開いた彼はやがてくつくつと笑い出した。
「、そっか。そうだね…そーかも、ゴメン」
「だから俺は、」
「うん。分かったありがとう」
 頑張って帰ろう。黙って出てきたからきっと大目玉だよ。やっぱりあんた勝手にやったんですね。ランボもそこまでちゃんと付き合えよ。無茶言わないで下さいボンゴレ10代目。そんな無駄話を続けながら、二人は目の前の堅いドアが蜂の巣にされる前にとそのノブに手をかけた。

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本編無視でボス未就任。




070629