「君は運がいいですね。ああいえ決して無駄な希望など持たないようにこれは僕なりの親切心ですが。そもそも彼らに気付かれた時点で君の運など元より無いも同然ですけどそれでも最後に出会う人間が僕であると言う事は少なからず幸運な事と思いますよ。何故だか分かりますか?」
 問いかけておきながら、骸は答えなどまず望んではいなかった。その証拠にべらべらと淀みなく喋り通す骸の目の前にいる人物は猿轡を噛まされていて、返事どころかまともな身動きすら許されていない状態だ。
「あの人物の傍に侍るアルコバレーノを筆頭に彼の側近は概ね彼の事になると頭の螺子の一本や二本平気で飛ばしますからね。貴方のした事が…仮令それが他者の命令に従ったまでの事だったとしても貴方した事を考えればその扱いはそれ相応のものだったでしょうね。それはそれで見物でしたでしょうけれど」
 控えめに微笑むその顔は優しげに見えるのだが、自然光など僅かも射さず、人口光でさえほんの薄っすらとしか届かない石造りの部屋にぼんやりと浮かんで見えるそれから素直に温柔を感じるかといえば、答えは明らかに否だ。事実、眼前にいる人物は骸が言葉を発する毎に顔色を悪くしているように見える。
「僕は彼にそういうモノを抱いてはないのでその点では君は幸運ですよ」
 ねえ千種。同意を求めるように少し視線をずらした骸には目を合わせず、その肩越しに向こう側で座り込んでいる人物に千種は目を向けた。声を出すのも面倒なので骸の方には小さく頷いただけ。それも同意を示したものではなかったのだが、骸は千種の反応など気にした様子もなく視線を戻す。
「ただ少し残念な事に僕は彼らと違って基本的に他人かけるべき慈しみの心が欠けている上、マフィアという人種をこの上なく嫌悪しているのでその辺りはあまり意味の無いことかもしれませんが、少なくとも、感情に左右されてどうこうするタイプで無いことは確かです。安心してくださいね」
 フォローのつもりなのか、そうだとしたらまるで意味を成さない言葉を楽しげに、それはもう本当に楽しげに、彼は紡ぐ。止める気も無いが、それの何が楽しいのか分からない千種はぼんやりと目の前の光景を見つめるしかする事が無い。
「それに雲雀恭弥のような直截な打撃とは違い僕のやり方なら夢見心地のままですしね。最後にとてもいい夢を見せて差し上げますよ。選ぶのは僕ですが」
 実際、今の骸は大分優しい方だと千種は思う。思った直後に思い出したのは『骸って優しい時の方が恐い』と本当に恐ろしげに腕を擦っていた、今はベッドの上の人物の呟きなのだが。

「さあ、始めましょうか」

 心底機嫌良さそうに言うのを後ろで聞きながら、千種は思う。つまり、やはり彼も多少なりと感情に左右されてはいるんじゃないかと。口には出さないが。










「それで結局あの男の処分は似非笑いに任せたの?」
「ああ」
「納得いきませんリボーンさん!」
 なんでよりにもよってあの変態に、と意気込む獄寺に山本もにこにこと笑いながら概ね同意している。
「お前等には別の仕事してもらうからな」
「別の仕事?」
「あの男の黒幕だ」
 にやり、と口元だけで笑って見せたリボーンの言葉に不平の声が止む。
「ただし相手もボンゴレだからな。気兼ねすんなら、」
「するわけないだろ?」
「そーだな、俺が大切なのはツナだしな」
「10代目だろこの肩甲骨が!俺も、俺が付くのは10代目のみです。切っても切り離せないくらいの右腕になってみせる心構えなんスから俺にとってのボスはあの人しかいません!」
「なんだかよく分からんがそういう事だ!」
「そーか」
 やれやれと言うように肩を竦めて見せながらリボーンは初めから割り振ってあったそれぞれの仕事を言い渡した。
「それで、その、10代目は…?」
「あと二、三日は病院で安静の予定だ」
「ツナは、この事知らねーんだよな?」
 山本の問いに、獄寺が少し気まずそうな顔をする。山本の表情も似たように少し苦い。
「助けに行った筈の奴が実は裏切り者だった、ってのはさ…やっぱキツイよな?」
「だからって10代目に隠し事をする訳には…っ!」
「死んでるよりは生きてました、の方がいいんじゃない?結局死ぬわけだけど」
「でもなぁ…」
「どーせアイツにもいつか知れる事だ。下手に隠すな。呑み込めなきゃボスなんてやってけねぇしそんな風に育てた覚えもねぇ」
 リボーンの言葉に目を輝かせて頷く者、仕方が無いと苦笑する者。それぞれの反応は違えど納得はしたようだ。
「ま、誰に喧嘩売ったのか分からせてやれ」
 帽子の鍔が少し落ち影の中に不敵な笑いが隠れる。しかしその意図はしっかりと読み取られた。一番のストッパーを最初に脱落させてしまった敵が自業自得なのであって同情など存在する余地もない。

 大切な彼の、流されなかった涙の分だ。存分に紅い涙を流してもらおう。

 物騒な部下に恵まれたその彼は、今は何も知らずに白いベッドで静寂に臥していた。

Sorry, bout that!

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二つエンディングを考えてましたが、湿っぽくない方に。
(ある意味こっちの方が酷いような気が)




070707