アポイント無しで訪ねた家は留守で、そういえば今日は慰問に行くと言っていたことに今更に気付く。
主人のいない家に快く通されたキラは宛がわれた部屋で持参のノートパソコンに向かっていた。
別に用があったわけでもなく、それ故急ぎと言うわけでもなく。それなのに日を改めてまた来るという申し出は家を任された執事さんに断られてしまった。
少しすれば彼女が戻るから、待っていて欲しいと。
躊躇いつつ強く求められたキラは断る理由もなく、結局大人しく客室という名のキラ専用部屋に閉じこもることにした。
頻繁に彼女に呼ばれるたびにその部屋に通され、気付いたら専用部屋と成り果てた客室。それはまるでなし崩しに彼女に寄りかかってしまいそうな自分みたいで少し情けない。
それでも彼女の家にそうして自分のスペースがあることを内心喜んでしまっていて。
しかもそれを彼女も分かっていそうで性質が悪い。
気分転換にと何気なく画面の端に映したテレビが、ちょうど彼女の慰問の様子を映し出して、キラは思わず手を止めた。
プラント国民が夢中になった歌声。優しい笑顔。彼女によって紡ぎだされるすべてが、誰をも魅了してやまないのは決して自分の贔屓目ではないと思う。
綿菓子のようにふわふわとした雰囲気も。その割に真っ直ぐで芯の強い意志も。
画面に映った眼差しのひとつにもときめけそうなくらいだ。
「うわ…なにこの乙女チック思考」
にやけそうな口端を引き締めようと頬をつねったり叩いたりしながら、キラは努めてテレビの画像から視線を剥がす。
そしてまたキーボードの上で動かし始めた指がふと止まるごとに同じような動作を繰り返す。
「プラント国民が夢中どころじゃないよぉ…」
デスクに突っ伏してキラは呻いた。
横に押しやったパソコンから、柔らかな彼女の声が流れ出す。
静かな水の流れのような音の中に花を咲かせるような声に気持ちが潤されていくのが分かるせいで、キラはさらに気恥ずかしさで呻いた。
「どうなさいました?」
「…ってうあぁぁぁぁ?!」
パソコンとは逆方向から聞こえた声に、キラは物凄い勢いで身体を起こした。
見れば真横と言っていい位置で、ラクスが微笑んでいた。
「あら、ご覧になっていたんですね」
「ら、らく…ラクス?」
「はい?」
キラの裏返った声を気にすることなくラクスが首を傾げる。
「いつの間に…」
「ノックはしたんですけど、返事がなかったので」
恐らくパソコンの音と自分の声で掻き消されたのだろう。鍵をかけた覚えもないので入ってこれて当然である。
「ゴメン…気付かなくて」
「いいえ。あら?キラ、顔が赤いですけど…」
心配そうに腕を伸ばして、ラクスがキラの頬に触れる。
少し冷たいその手に気付いて、キラは余計に顔の温度が上昇した気がした。
「えと…大丈夫なんだけど…ゴメン、ええと…」
手を振り払うことはなく、しかし俯いたキラの反応にラクスは小さく笑みを溢した。
「どうなさいましたの?」
「や、えと、ホント、なんでもないんだけど…」
「キラ?」
座っているキラの顔を掬い上げるようにラクスの両手が頬に触れる。思い切って見上げれば、思った通りに笑っているラクスの顔があった。
「なんか…ズルイよ」
「そうですか?」
「うん…」
「キラが、可愛らしいから」
「それ男に言う言葉じゃないよ…」
脱力して、キラはラクスの腕を外した。
とうに別の話題に映ったテレビ画面をパソコンの電源ごと消して、キラは立ち上がる。
「忙しいところ急に来てゴメンね」
「いえ。キラが来てくれてとっても嬉しいですわ」
いつものふんわりと優しい笑顔の上に、さらに光を当てるような笑み。歌っているときとはまた違う優しい表情。
その本当に嬉しそうな表情を見れることがなにより嬉しかったり、する。
「ラクスの方がカワイイよ」
「ありがとうございます」
「…やっぱりラクスの方がズルイよ」
余裕のある応えにキラが苦笑する。
それに心外だと言う表情を浮かべてラクスは首を振った。
「1番ずるいのはキラですわ」
「僕?」
「アスラン達に訊いてもきっとそう答えて下さいますわ」
悪戯っぽい口調でさらに付け足して、ラクスはキラの手を取った。
「アスランー?なんで?」
「カガリさんも。そう言ってましたし」
「なんでだろう…えぇ?」
クエスチョンマークを盛大に飛ばしているキラに答えは渡さずにラクスは掴んだ手を引っ張った。
「さぁ、お庭でお茶にしましょう?」
「ぇ…あ、うん。そうだね」
にっこり笑って誘い出すラクスに同じように笑い返して、2人は部屋を後にした。
どんなに他のなにかが気を引いても、お互いの存在には叶わない。
そんな君が、いつでもただ一人のラヴリーベイビィ。
本当に全部が終わった後ということで。軽くパラレル。ラクス相手に乙女キラ。
BGMは真綾さんの"走る(Album Ver.)"