ちょうど、2連休の前の日の放課後。
休み前に少々浮かれた気分を抱えたまま、ロッカーを開けたキラは、そこに見慣れないものを見つけて首を傾げた。
「えーっと…?」
折りたたまれたメモ。薄く裏地から見える色は淡いピンク色。
かさかさと開いてみれば、書かれていたのは可愛らしい女の子の字で。
それは俗に言う、『呼び出し』というものだった。
* * *
帰り際から少々様子のおかしかったキラが、今も上の空でコントローラーを握っているのは一目瞭然。
ゲーム中に静かだったためしが殆どないキラが、今は一言も発さず。条件反射のように動く指に従って、画面の中では主人公達がぐるぐると同じような場所を行き惑っていた。
「キラ」
「………」
「キーラ?」
返事は無い。
"ただの屍"のはずもないので、アスランはキラのこめかみを指で弾いた。
「った!何すんだよアスラン!」
「やる気が無いならやるなよ」
「あるよっ」
「どの辺りが?」
さっきから何分同じ場所を行ったりきたりしてると思ってるのかと問うと、キラはひとつ唸ってセーブもせずにリセットボタンを押してしまった。
ぶつり、と切れた画面。
コントローラーを手放したキラは、そばにあったクッションを抱きこんでころころと床に転がった。
ゲーム機の電源を落として、アスランは寝転がっているキラの顔を上から覗き込む。
クッションに顔を埋めているせいで表情は窺えないが、纏う空気が拗ねている。
アスランはひとつ溜息を吐いた。
「どうしたんだ?キラ」
無反応。
「なにかあったんだろ?」
沈黙。拒絶のようで、案外それは構われたがっているようにも見える。
「…言いたくないなら聞かないけど」
「………。」
無理に聞くよりはこうやって一歩引いた方がキラには話し易く思えるらしく、アスランは時々こういう尋ね方をする。それでも話さない時は諦めた方がいい。
だが、今回は違ったらしい。
「あのね」
「ん?」
「えっと…さ」
「うん」
「今日、さ」
「学校で?」
「うん、学校で……その、」
促すように間々に言葉を挟みつつ、ゆっくりキラの言葉を待つ。
クッションをぎゅっと抱き締めて少しだけ顔を上げたキラは、数秒逡巡した後にようやく口を開いた。
「告白されたの」
一拍。
「告、白?」
「うん」
「告白って…女の子に?」
「うん」
どこの誰に。
という切実な問いをどうにか呑み込んで、アスランは再びクッションに埋められたキラの顔を覗き込む。
「それで?」
「え?」
「だから、それでどうしたんだ?」
質問の意味が分からない、と言うようにきょとんとした目を幾度か瞬いて、キラはアスランを見上げた。
「僕が何か言う前に、『休み明けに返事下さい』って言って行っちゃった」
おかしいよね、とキラは首を傾げる。
薄く染まった頬が照れを表していて、なんというか、
可愛い
なんて思っても顔にも口にも出さないで、アスランは手近にあったクッションを拾い上げて軽くキラに投げた。
「わ、」
キラは反射的に持っていたクッションを落として投げられた方を掴む。
「なにするんだよ」
「いや、別に」
意味はない。
少し視線をずらして今度はゲームの攻略本を拾った。
キラが堂々巡りしていた場所のページを捲りながら探す。
「あ、分かった」
「?」
「アスラン僕に嫉妬してるんだ!」
得意げに言ってみせたキラを、アスランは半眼で見やってあからさまに溜息を吐いた。
盛大に呆れている様子のアスランに、キラはムッとしてアスランを睨む。
睨まれてもさ…。
自分が嫉妬しているのだとして、その相手はキラではなく相手の方だ。
そんな事も分からないからこそキラだとも思うが。
「それで返事は?」
「え」
虚を突かれたというように、キラの動きが止まる。
「…考えてなかったのか?」
「えと…うん」
アスランの不思議そうな顔から目をゆるゆると逸らして、キラは言い訳を探しているようだった。
「だってさ、休み明けでいいって言うから…」
「いや、それはつまり…」
つまり、休みの間だけでも自分の事を考えてって事じゃないのか?
と言うのはなんだかそれを勧める事になりそうで嫌だったが、中途半端に言葉を途切れさせるのもなんで、結局言ってしまった。
「…じゃあアスランだったら?」
「は?」
「『休み明けに返事頂戴』って言われたらさ、休みの間中その子の事考えるの?」
どこか非難めいた声の調子でキラが問う。
「………。」
否定するのは癪だけれど、確実にそれは否だった。
休日に考える事なんて、やりたい事、やらなきゃいけない事、あとは日常の事。
その殆どにキラが絡んでいて、さらにはその合間合間に考えている事にも大体キラが絡んでいたりする。我ながら呆れる程の頻度だ。
そんな考え事をしている間にキラはどんどん膨れっ面に磨きをかけていて。
「断るからいいよもう!」
数十秒後に完全に機嫌を損ねたキラの宣言に、アスランは安堵の息を吐いたが、それはキラに呆れと取られて更に機嫌を損ねる羽目になった。