You say "Hallo", and I say...
ハロー。
窮屈な服をそつなく着こなし、真っ直ぐな姿勢を崩すこともなく。大人たちにはまだまだ足りない身長に僅かに苛立ちながらも壁際に佇むイザークはそれだけ見れば完璧な社交界慣れした少年だった。
ただし本日、彼にとってはこの上なく不本意な"おまけ"が付いていた。
イザークが主に白を基調としたフォーマルスーツなのに対し、黒を基調としたジャケット無しの簡単な盛装をした少年がイザークの後ろにべったりとくっついていた。
「………。」
無駄だと分かっていながら「離れろ」と言うか否かを迷っているイザークと、そんな相手の様子に気付かず初めての大掛かりなパーティーに固まっているキラ。だがこのままだとイザークの忍耐力が先に音を上げそうである。本人は無自覚だが、じわじわと眉間に皺が寄ってきている。
それにまず気付いたのは、丁度会場に入ってきたディアッカだった。
「ディアッカ!」
ようやくイザーク以外の顔見知りを見つけて、キラはやっとイザークから離れた。
声にとほぼ同時にディアッカは思いっきりキラに抱きつかれる。
「うわっ…と。久しぶりだな」
「ディアッカ〜…」
ここ半年ほどディアッカから貰ったお遊び半分の学習プログラムをこなしたキラは、以前と比べて随分と頭の回転が速くなったが、基本的にイザークの家から出たことがないせいか人見知りが激しい。
初めての華やかな場に戸惑うのもしかたがないが、さすがにこれでは問題外である。
「はいはい。感動的な再会演出どうも」
腰にしがみついてくるキラをそのまま引きずって、ディアッカは無表情の中に苛立ちを隠しているイザークに歩み寄った。
「なんていうか…お疲れ」
「まだ始まってもいないというのに…!」
明らかに"コイツ"のせいで、と言わんがばかりだが当のキラは気付いていない。
「一刻も早くこんな場所から立ち去りたい」
「そう言うなって。それこそまだ始まってもいないんだ」
苦笑混じりの言葉で窘めながら、ディアッカ自身その望みを否定はしない。
主に政治家を中心とした、懇親会。
懇親会、というからにはお互いの関係をより良いものにするために開かれるわけだが、その言葉がある意味文字通りというか策略入り混じった大人の世界に子供も交えることで将来的な懇親会の意味も含まれたパーティー。
鈍くもなければ悟れないわけでもないイザークもディアッカも、拒否することは出来ないと分かっているしその重要性も理解している。こういう場が嫌いなわけではないし、面倒だとは思うがそれぞれの義務だとも思っているので苦痛でもない。
それでも、まだ『お子様』を名乗れる年頃である。学校に通いだしてやっと半年たったガキになにを期待するのか、と問うてみたくもなる。
「しかも今日は"アイツ"も出席予定だしな」
隣りに立つイザークには聞こえないように呟いたディアッカは、まだ自分に引っ付いている甘えん坊の頭を軽く叩いた。
「なに?」
「パーティー中ずっとべったりしてるわけにはいかないから今のうち慣れろよ?」
「だってなんか恐い…」
事情は分からずとも、雰囲気に圧倒されているキラに深く頷いてやりたいがそうもいかない。
「これからはこういう場にも引っ張ってこられるだろうし。慣れるしかないって」
「やだなぁ…」
「心配せずともお前に出席義務は押し付けん」
「は?」
珍しく思いやりのような言葉を口にしたイザークにディアッカは驚いてイザークを見た。
「……こいつはジュール姓ではないからな」
それでも、たとえ戸籍上は他人のままだとしても、預かられているというだけで十分に関係はしている。つまりは表に出ざるを得ないときもある。
だがディアッカがそう言わずとも、それはもちろんイザークも分かっている。分かっていながら、言っているのだ。
「無理に出して失態を晒してもしかたない」
言い訳のような付け足しにディアッカは思わず笑った。
「なら今日はなんで?」
「一応の顔見せだ。もしどこぞの要人に気に入られたらそうも言ってられんだろうが」
「はーん…なるほど。で、イザークとしては?」
「なにが」
「キラがこういう場に来るのどう思うわけ?兄としては」
「……兄弟になった覚えはないといったはずだが」
「実質そんなもんだろ」
「………。貴様の方がお似あいだ」
「そりゃ光栄。ま、オレとしては慣れない性格でこんなとこ来ない方が身のためだと思うけどな」
否定も肯定もせずに、イザークは黙った。
それがなにより雄弁な答えだと言うようにディアッカがにやにやと笑っていると、その意図に気付かれ睨まれたが。
「そういやキラとしてはどーなの」
「なにが?」
「イザーク。『お兄ちゃん』とか呼ぶ予定ない?」
話をふられて、キラはじっとイザークを見上げ、首を振った。
「だってなんか…イザーク嫌そうだし。いまさら違和感あるし」
「じゃあオレは?」
「『ディアッカお兄ちゃん』?呼んでもいいの?」
「長くなっているぞ」
「イザーク…それヤキモチ?」
「違う!」
「『お兄ちゃん』って呼んで欲しいの?」
「違う!」
「つーかそれどっちに対するヤキモチなの」
「だから違うと言っている!」
「照れちゃってー」
「ねー」
息ぴったりに揶揄う2人に激高しそうなイザークだったが、場所をわきまえて苛立ったまま黙り込んだ。反応すればするほど絡んでくるのは目に見えている。
視線を他へを彷徨わせたイザークは、入り口付近で上がったざわめきに気付いて険しい表情をさらに顰めることになった。
「ディアッカ……」
「……なに?」
「今日の出席者の中に"アレ"がいると知っていたか?」
「……………。」
「知っていたな?」
「……イエス」
地を這うような声に、ディアッカはホールドアップ状態で頷いた。
「言ったところで来なきゃいけないことに変わりないだろうから黙ってたんだけど」
それこそ言ったところで変わらない言い訳を零しながら、ディアッカは一方向を睨みつけて固まっているイザークを覗き込んだ。
「くそっ……不愉快だ」
ぎりぎりと拳を握りこんだイザークはそれだけ吐き捨てて踵を返し会場の奥へと進んでいく。
てっきりそのまま"敵"に突っ掛かりに行くのかと思っていたディアッカは訝しげにイザークの見ていた方向を見て、納得した。
「なるほど…“彼女”も一緒か」
「ディアッカー。イザーク行っちゃうよ?」
「ああ。すぐ行く…っとキラ」
「なに?」
「あっち。黒髪のヤツと、ピンクの女の子、見えるか?」
「あっち…うん。見える」
「あいつらには関わらないようにな」
「なんで?」
「なんでも。いいことないから」
「ふーん。例えば?」
「………イザークに一週間口きいてもらえなかったりとか」
「………。分かった」
「よし」
とりあえずの予防線を張って、ディアッカはイザークの背を追いかけるため"彼ら"から視線を外した。
だからこそ、ふと向けられた視線には気付かなかった。
一瞬、一対の瞳が追いかけた先を。
「…らん?…アスラン?」
「あ、はい。なんですか?」
「いえ。少しぼんやりなさっていたから」
「すみません。……こういう雰囲気に慣れないので」
嘯いて、アスランは泳がせていた視線を隣りの少女に定めた。
髪の色に合わせたドレスは綿菓子のような雰囲気を纏う彼女にとてもよく合っていたが、その雰囲気に似た柔らかな笑顔をアスランはなぜか苦手に感じていた。
歳の差もないはずなのに、この従姉妹殿に昔から勝てると思えたことはない。
「大丈夫ですか?もし具合が悪いのでしたら…」
「本当になんでもないです」
優しい言葉にアスランは首を振って苦笑する。
自分のしたいことをする時間を潰してまでこういう場所に来たくないのは本音だが、来てしまってから言い訳をして逃げ出すのもどうかと思うわけだ。この生真面目な性格が損な性分だと思いはしても、直りそうにもないのも承知している。
「そういえば」
「はい?」
「さっきエルスマン家の方と一緒にいた方…」
「エルスマン?ディアッカですか?」
「あら、気付きませんでしたか?」
「え…えぇ」
記憶を辿るが、見かけた覚えはなかった。確か何度か顔を見合わせたはずだが、未だに顔を正確に覚えていないせいかもしれない。
「可愛い方でしたわ。ディアッカさんの兄弟でしょうか」
「妹がいるとは聞いたことはありませんが」
アスランの応えに、ラクスは小さく笑った。
その笑みの意味を掴みかねたアスランは、問うように視線を向けるがラクスはそれを答える素振りもなく別なことを口にした。
「もしかしたら婚約者さんかもしれませんね」
それを『早すぎる』とは言えなかった。なにしろ隣りに立つ彼女がなにを隠そう生まれたときから決定している婚約者だからだ。
ただしお互いに本当に好きな人が現れなかったら、の話で、今のところそう言う類のうざったい話を避けるための方便だったが。
「ディアッカの婚約者…」
多分可愛いのなら問題はないのかな、と適当に納得してアスランはその話を頭の端に追いやる。
そんなアスランをじっと見つめて、不意にラクスはふんわりと微笑んだ。
「もしかしたら、あなたとの婚約を早々に破棄するかもしれませんわね」
小さな呟きはアスランに届かず、別のことに思考能力を奪われていたアスランは彼女の微笑みの理由を深く考えずにいた。
それは少なくともこの時に限り、アスランにとっては幸せなことだった。
『パーティー中ずっとべったりしてるわけにはいかない』と言ったはずなのに、ディアッカは終始キラの傍にいた。
正確に言えば、『イザークとキラが常に一緒にいるように仕向けて』いた。
2人と一緒にいられるのは楽なのだが、いかんせん常に相手をしてもらえるわけではない。イザークやディアッカが他の人間に話しかけられてしまえばその陰で大人しくしているのがキラのすべきことだった。
そうしてゆっくりと流れていく時間。
そしてそれは有り余るほどの疎外感を感じるには十分な時間だった。
「退屈…」
それこそディアッカがキラを目立たせないようにと取った策だったのだが、そんなことには気付かないキラは小さな皿に適当に取り分けたご馳走を口に運びながら、周りにきょろきょろと視線を動かす。
その瞳に映ったのは、会場から出られるようになっている大型のテラス。ちょっとした庭になっているそこは、ライトがないせいか人はいない。
ちょっとくらいなら、いいよね。
2人がキラに注意を向けていないのをいいことに、テーブルに小皿を置いてこっそりとテラスに近づく。
人工芝が敷かれたそこは、踏み出すとさわさわと静かな音を立てた。
小さな庭は、その面積の狭さの分ぎゅっと詰め込まれたかのように様々な種類の葉が茂っていて、そのいくつかは花をつけていた。花に詳しくないキラには見たことのないものが多いのは、そこがあまり大衆向けのものではないからだろう。
キラはその中から、ジュール家の庭にあるものに酷似した大きな白い花弁を重ねた白薔薇を見つけた。
それは以前『イザークに似合う』とディアッカが言ったことのある花だった。
「手折ったりしたら…ダメだよね」
そんなことせずとも家の庭にもあるのだが、この場の感動をこの手に持ちたいという衝動も抑えがたくて、キラはそろそろと茎に手を伸ばす。
しかしその手が茎に触れる前に、茂みから何かが飛び出てきた。
「うわっ!?」
小さな影がすごいスピードで横切って、思わず手を引っ込める。
何かと思ってキラがそれを視線で追うと、ピンク色の球体が地面を飛び跳ねていた。
否、正確には"球体"というのは間違いだ。
『ハロ、ハロ』
「え…は、『ハロー?』」
『オマエモナー』
「ボク、も?え、こんにちは?あれ?」
『ハロ、ゲンキ。オマエ、ゲンキカー』
「え、え?」
噛み合わない言葉に混乱しつつ、キラはその飛び跳ねている物体に近づいた。
ぴょん、と自動的に手の中に納まったそれを観察すると、とりあえず目らしきものがあり、ぱたぱたと開閉するなにかの耳のような部分があった。
音声はコレから発信されているようだ。その証拠に今も『まいどっ』と繰り返してる。
「なんなんだろう…コレ。庭の手入れロボット…には見えないなぁ」
くるくると手の中で回して仔細を見てみるがつるりとしたフォルムは探り甲斐もなく、元々キラはこういうものの仕組みを考えるのが苦手だった。
動くものは動くし、喋るものは喋る。どう配線を組んだらどうなる、なんて夢もなく頭の痛い話なんてキラにとってなんの楽しみにもならないのだ。
手の中で弄繰り回していると、不意にそれが手から逃げ出した。
ゴムボールのように跳ねるそれはキラからは死角になっていた低木の裏へと消えた。
「痛っ…!」
行方を追っていったキラはその声に足を止める。
だが結局好奇心が勝って、ゆっくりと追跡物が消えた方へと近づく。
「って…ハロ?お前なんでここに…」
『ハロ!アスラン!ハロ!』
「まぁラクスが連れてきたんだろうけど…コレを放っておくなんて…」
どうやらそれが後頭部にぶつかったらしい少年がぶつぶつと文句を言っていた。
その少年はどうやらピンクの謎物体と意思疎通可能のようだ。少なくともキラにはそう見えた。
「大丈夫?」
「え……っ!?」
声に振り返った少年は、キラの顔を見て目を丸くした。
零れ落ちそうなほど見開いた目の色は、薄い光を反射するエメラルド色をしていた。
「それ、君の?」
「……ぁ、あ。僕が作ったものだけど…」
「コレを?君が作ったの!?」
「そうだけど…」
「スゴイすごーい!どうやってこんなの作るの?あ、そういうキットがあるとか?」
「いや、自分で設計してプログラムも考えて…」
「うわー…こんなの作れるんだー…スゴーイ」
『ハロ!アスラン!あーそーぼー』
「あはは、これって君の…」
興奮気味に謎物体の性能を楽しんでいたキラは、呆けたままの相手の顔を間近に見てはっと息を呑んだ。
その少年こそが、ディアッカに『関わらないように』と言われた相手だったことに今更に気付いてしまったのだ。
自分の発言を封じるように両手で口を押さえ、キラは一歩後退さった。
関わるとなんだっけ。
ディアッカはなんて言ったっけ。
慌てて記憶の中を探して探して、やっと見つけた答えにキラは蒼褪めた。
聞いていた時は、どうせ関わることなんてないからと鷹をくくっていたせいもあって、あまり気に留めていなかったのにこんなところでこんな形で出会うなんて。
何か理不尽な気持ちがして、キラは混乱した頭のままとりあえずその相手から逃げ出そうと踵を返した。
だがキラのその不審な態度に、アスランは反射的にその腕を掴んでいた。
「どうし…」
「ヤダっ!」
「ちょ、落ち着いて…」
振り払おうと腕を振るキラに困惑しつつもアスランは掴んだ手を離せなかった。
「放してってば!」
「なんで」
「君といるとぼくがおこられるから!」
「どうして?」
「知らない、けどっ」
「わけも分からないのに?」
それは理不尽じゃないか?
眉を顰めた相手の、少し悲しげな表情にキラは不意に自分の方が悪いことをしているような気がしてきた。
それはそうだ。いきなり、初対面でコミュニケーションを拒まれて、しかもその理由は「知らない」では気も悪くする。
だがアスランの言うところの「理不尽」とは、キラにそれを強要した側のことを言っているわけで、2人の思うところは少々すれ違っていた。
「とにかく落ち着いて。つまり、知られなければいいんだろう?」
「え…?」
「その『怒る人』に、さ」
アスランの言葉にきょとんと瞳を丸くして瞬きを数回繰り返したキラは、じわじわとその言葉を理解してにこりと笑った。
基本が単純なキラにしてみれば、それが名案のように思えたのだ。
「そっか!」
途端に明るくなった相手に、結果オーライのはずなのに少々の不安を感じたアスランだったが、手の中のハロがしきりに煩く声を上げるのに気付いてようやくその不安を押しやった。
「そういえば、君の名前は?僕は…」
「アスラン、でしょ?」
「え。あ」
何故名前を、と思った瞬間手の中のハロに思い当たる。
その通り、キラはハロを指差して頷きを込めて笑った。
「この丸いのが呼んでたから、そうかなーって。インプットしてあるの?」
「あぁ。僕と、後これの持ち主を識別できるようにしてある」
「それも自分で?」
「プログラム?既存のものを流用したに近いけど」
「ふーん…」
興味津々の瞳でアスランの手元を覗き込む相手に、思わずアスランからも笑みがこぼれた。
「そんなにじっと見たって中身は見えないよ?」
「分かってるけど!でもこういうの、いいよね」
「欲しい?」
「え…?」
「欲しいなら、似たようなの作ってあげるよ」
言ったあとで、アスランは少し後悔した。それがお節介だとか、恩着せがましいことのような気がして。
だが、キラにしてみればそれはとても魅力的な言葉で。
興味に輝いていた瞳を、余計に大きく見開いてキラはアスランを真っ直ぐ見据えた。
「ほんとに?ほんとにいいの?」
「う…ん。欲しいなら、」
「欲しいよすごく欲しい!」
叫ぶように喜色満面の声を上げたキラに、アスランは自分の思いが杞憂だと分かった。それほどにキラの喜びは素直で分かりやすかった。
「あ、でも」
「なに?」
「あのね、これにもっといろいろできること増やしたりできるかな?」
「色々…例えば?」
「たとえば…えーと…」
具体的に考えていたわけではなかったキラが一瞬言葉に詰まる。
その一瞬に、ハロが唐突にアスランの手の中から逃げ出した。
「ハロ!?」
いきなり茂みを飛び越えて行ってしまったハロを慌ててアスランが追いかけた。あれがパーティーの中に乱入したら少々問題だ。子供の仕業とはいえ、それを笑って許容するような父ではないだろう。
キラも反射的にそれに続いた。
だがアスランの心配を余所に、ハロは数メートル先に立っていた人物の手の中にすっぽりと納まった。
「あらあら。こんなところにいましたのね、ピンクちゃん」
おっとりとした声が軽やかに響いて、2人の足を止める。
『ハロ!ラクス、ハロ!』
「アスランも。それに…」
先に走ってきたアスランの姿を目に留め、そしてその後ろを見て、ラクスは緩やかに微笑んだ。
「初めまして」
綿菓子のような甘くふんわりとした微笑みを向けられたキラはそれに驚いて思わず一歩引きかけたが、それを辛うじて押さえて「はじめまして」と応えた。
アスランに出会った時はハロの存在のせいか人見知りする暇もなく好奇心に押されてしまったが、今は違う。相手が女の子だということも含めて、どこか気後れしたキラは無意識にアスランの服の裾を引っ張ってしまった。
キラの性格を一瞬で悟ったのか、ラクスは穏やかな笑みを崩すことなくかつさらに意図的ではない好意を浮かべた表情をキラに向けた。そしてその場を動くことなく、続ける。
「私はラクス。ラクス・クラインと言います」
「僕の、従姉妹だよ」
アスランの付け足しに顔をあげ、キラはラクスを真っ直ぐに見返す。おずおずとアスランの服の裾を放して、キラはラクスの方へと芝をさくさくと踏んで歩み寄った。
「えと、はじめまして…ラクス?」
改めて、そう確めるように名前を呼んだキラに嬉しそうにラクスは頷いた。
それにつられるようにキラもにっこりと頬を緩ませる。
「それ、ラクスの?」
「えぇ。アスランが作ってくださったんです」
「"持ち主"ってラクスのことだったんだ。いいなぁ…」
「私も、アスランにこれを初めて見せてもらった時はとても嬉しかったです」
素直に羨望の眼差しを向けるキラに、本当に嬉しそうに笑ってハロを持ち上げて見せた。
「頼めば、きっと貴方にも作ってくださいますわ。ねえ、アスラン?」
「え…えぇ。それはもちろん」
ハロを中心に2人から褒められて、アスランは照れのようなある種微かな居心地の悪さを感じながら、頷く。
「あ、じゃあこんど作りかた教えて?」
「作り方?」
訝しげなアスランにキラが頷く。
「ラクスのとおんなじじゃなくて、もっと別のことできたりしたら、楽しいよ」
「それは確かに素敵ですわ」
「ね。だから、一緒に教えて?」
「ああ…いいけど、どんな機能つけるんだ?」
「それはまだ…考えてない、けど…」
言い淀んだキラに、微笑ってラクスが助け舟を出した。
「では、次に会う時までに考えておいて下さい。私も、アスランも、考えますわ」
窺うようにアスランを見ると、ラクスの言葉に彼も頷いた。
「約束?」
「えぇ」
「じゃあ指きりしよう」
「指切り?」
「知らない?」
そっとラクスの小指に同じ指を絡ませ「ゆーびきーりげーんまーん」と歌いだしたキラに、ラクスは不思議そうにしながらされるがままに手を動かす。
「で、指切ったーって指をはなすの。約束したよ、って」
「面白い習慣ですね」
「アスランも!指貸して」
同じようにアスランの指に小指をかけて、ラクスにしたより大雑把に「指切ったー」と楽しげに歌ってキラはもう一度確めるようにアスランに「約束だよ?」と言った。
今まであまり向けられたことのないその直向きな視線に、アスランは思わず笑ってしまいながら頷いた。
「あぁ、約束」
「絶対だよ!忘れないでね?」
「忘れない」
しっかりと頷く事でようやく納得したのか、キラは満足そうに真剣な顔を満面の笑みに変えた。
「ところで、」
話の区切りを読み取って、ラクスがパーティー会場の方へ視線を移す。
「あちらでキラのお連れの方が探していらっしゃったみたいですが…」
「っあぁー!!忘れてた!」
話に夢中になって、すっかりイザークとディアッカのことを頭の中から追い出してしまっていたキラは、自らが「ちょっとだけ」と言ってこの庭に踏み出したことをようやく思い出した。
「ゴメン!またね!」
叫ぶように謝って、キラはすぐさま踵を返して会場の中に埋もれてしまった。相手がどこにいるのか分かっているのかどうか、なんて念頭にないに違いない。
「……結局名乗っていないことに気付いていないな、あれは」
次の約束を必死で取り付けたくせに、自分の正体は明かさず、しかもその“次”も確たる約束ではない。
呆れたように背を見送ったアスランに、ラクスが笑って首を振った。
「パーティーの初めに話した方、覚えていますか?」
「え…あぁ。ディアッカの婚約者、の?」
「彼ですわ」
「は?」
「間近で見ても可愛らしい方でしたね」
くすくすと笑うラクスの言葉を数回頭の中で反芻して、アスランはやっとラクスに揶揄われたのだと悟った。
そもそも彼女は「可愛い」と言ってはいても「女の子」だなんて一言も言っていないのだ。
「ジュール家に引き取られた方らしいですわ」
「イザークの…?」
「弟さん、にあたるようです」
何かにつけてなぜか突っ掛かってくる相手を思い出して、アスランは眉間に皺を寄せた。
「次に会うのが楽しみですわね」
にこにこと無邪気に笑うラクスに、果たしてその“次”は本当にあるのだろうか、とアスランは不安にならずにはいられなかった。
それでもあの真っ直ぐな瞳が、約束を違えるなんて許さないだろうと、アスランは妙な確信を持ってはいたが。
「ところでラクス」
「はい?」
「パーティーにハロを持ち込むのはどうかと…」
「あら。とってもお役立ちですのに」
自分の言葉を聞きやしない従姉妹殿に、どうやってそのハロを問題なく会場に持ち帰ろうかとまずは目先のことに頭を痛めるアスランだった。