ピンクと薄紅色の薄い包み紙と透明なビニールの敷き紙。ご丁寧にピンクのリボンでくるりとくくって。あとで知ることだけど、包まれているのはキレイなハートの形にくりぬかれたチョコチップクッキー。
一生懸命にそれを掲げるみたいに差出す、自分より一回り小さな手。
『義理じゃないですから』
ちょっとどもり気味にそう言って。
俯いたままの顔を上から窺えば、本当に懸命で。
ひょい、とラッピングの端を掴んで持ち上げると、弾かれた様に顔を上げてちょっとだけ笑う。
そしてくるりと身を翻して駆け出した。
少し先でお約束のように躓いて、でも珍しく転ばずに体勢を崩しながらも懸命に走り去っていく後姿。
それら全てを他人事のように見送って。
「ええと…義理じゃないって…?」
俺にどうしろと?
どこぞの自称『恋する乙女』曰く。
かの偉人が死んだ日は、恋する乙女の戦いの日でもあるらしい。
そう言って意気込んだ日にも彼女は他人の作った弁当をそれとなく狙い、結局なんだかんだと色々なものを奪い取られ、あまつさえ「ところで私に何か渡すものはないんですか?」なんて平然と強請ってくる。
それを、相手にしないということで決着づけて。気怠い午後をあくび混じりで終えて。
いつも通りの帰り道に、予想しない出来事に巻き込まれた。
それが一ヶ月前。
それから一ヶ月。つまり今日は次の月の14日。
少しチャレンジャーな気持ちで口にしたクッキーは思ったより美味しくて、特に毒も入ってはいなかったらしい。
そして食べきってから途方に暮れた。
それでどうして欲しいんだ?
義理じゃないから。
だから、何?
もっと分かりやすく表示してくれないと、分からない。
「こういうことは縁遠いからな…」
あぁ困った。
彼女自身に、普段とはまったく違う強気な瞳で勝負を挑まれた時よりもっと困っている気がする。
そしてそれが一ヶ月持続して、今日に至り、結局手の中には青い包装紙とリボンで可愛くコーディネートされた"お返し"があった。
中身は彼女の好みそうな、ピンク色のぬいぐるみとキャンディー。
キャンディーは色とりどりの包み紙でくくられて袋に入れられぬいぐるみが抱いていて。ぬいぐるみは透明な白い文字でロゴが打たれた箱に入っていて。それを紙で包んでリボンで結んで化学樹脂でできた袋に入れてさらにリボンをかけておまけにこの日のために作られたシールなんて張って。
なんだか無性にそれを放り出したくなる自分がいた。
だが幸か不幸かそれを廃棄する前に、渡すべき相手がやってきた。
「あ…」
戸惑って立ち止まった彼女に、座っていたベンチから立ち上がって近づく。
一ヶ月前に彼女からクッキーを貰ったその場所で。
「質問がある」
「え、…はい?」
「過剰包装気味の俺の気持ちと、ただの他人の本音と、どっちが欲しいんだ?」
意味の取りづらい言葉に、大きな瞳がいっぱいに見開いた。
そして、真っ直ぐ自分を見上げて、彼女はいつだって正直な言葉を剣のように喉元に突き立てる。
「弟さんの…、本音が欲しいです」
勝負どころだけ発揮されるその強い意志でもって、そう答える。
痛いくらいのそれを受け止めて、ふ、と口元が緩むのが分かった。
「じゃあ、正直者には両方やるよ」
はい。と手に持っていた包みを差出す。
「クッキー、美味しかった」
「あ、え?」
わたわたと、彼女は一瞬前までの自分をどこかに置き忘れてしまったように慌ててそれを受け取る。
「ありがとう」
少しだけ笑えた。
「で、"弟さん"って呼ぶのやめてくれ」
「……………」
期待と不安をいり混ぜた瞳がまた中を覗くように見上げてくる。
それを今度こそ真っ直ぐに見返しながら、それでも少し恥ずかしくてはにかみそうな気持ちを笑って誤魔化しながら続けた。
「名前で、呼んでくれていいから…理緒?」
- 後日 -
「あ、竹内…」
「……戻ってます、弟さ…あ。」
「……………」
「……………」
「……難しいな」
「……慣れ、ですね」
小さく呻いて悔しそうに眉を寄せる理緒に、歩は苦笑した。
「急には、ちょっと無理か」
「…っど、努力します!」
「ああ。俺もそうするよ」
とりあえず、歩み寄りの努力ということで。
「夕飯のお買い物、一緒に行きませんか?」
「あぁ。そうするか」
まずは、隣を歩き出すことから。