「…で、さっきやった曲線の長さを定義したやり方を空間に拡張しても、だ」
「近似する多面体の作り方によって極限値が異なるから、別の形で定義する?」
「と、こうなる。これを空間に拡張していくとして…」
「熱心にお勉強中のところ申し訳ないんですけど」
 いつもの彼女よりは少々気後れした、それでもしっかりと不満を盛り込んだ声に、言われた2人は顔を上げた。
「二重積分なんて高校生の履修課程にありましたっけ?」
「「さぁ」」
「じゃあなぜ二曲線間の立体の体積なんて求めてるんですか!特に鳴海さん!」
「何で俺なんだ」
「一年生はまだ微分の微の字も習ってないはずです!」
「いや、字は習ったけど」
「屁理屈言わないでください!」
「嬢ちゃん。何でそんなにカリカリしてるんだ?」
「何故だと思いますか?」
 香介の問いに、ひよのは口端を吊り上げ笑った。が、言葉にせずとも目が雄弁にものを言っている。
 自分の発言を香介が後悔した瞬間に、ひよのは言葉を続けた。

「いちゃいちゃするならココ以外の場所でやってください!」

 ココ、つまりは月臣学園新聞部部室。別名恐怖の砦。もしくは臨時作戦会議場。
 そして今は香介と歩の自習室となっている。
「テスト前でここぐらいしか場所がないんだよな」
「嫌味にテスト勉強なんてしないでください」
「学生が勉強して何が悪いんだよ」
「数学のテスト範囲は三角関数ですよ?」
「一年の三角関数のところに空間図形の計量があるから、ついでに」
「ついでの話が飛躍しすぎです。というか話を流さないでください」
「あぁ…いちゃつくなって話だっけ?全然いちゃついてなんていないぜ?」
 ひよのと香介の会話を歩は完全に無視して、自分のテスト勉強に勤しんでいる。
「いちゃつくなら家でやる」
 至極当然と言うように香介が言うと、ひよのは頭を抱えた。
「ならどうして家で勉強会しないんですか?」
「家だと勉強どころじゃなくなるからだろ?」
「しれっと言わないでください!!」
 香介では話にならないとようやく悟り、ひよのは歩に向き直った。
「鳴海さん!」
「煩い。あんた勉強しなくていいのか?」
「勉強なんかよりお2人が気になるんです」
「気にするな」
「ひとつ訊いてもいいですか?」
「駄目だって言っても訊くんだろ?」
「はい。こんな人のどこがいいんですか?」
 『こんな人』と指された香介が口端を引きつらせるのはもちろん無視して、ひよのは歩に詰め寄る。
 少々の間の後、歩の出した答えは。


「……馬鹿なところか?」


「…ごちそうさまです」
「どういたしまして」
 深い溜息をついたひよのに、歩はなんの気負いもなく頷いてノートに視線を落とす。
「だ、そうですが」
「いや、愛されてるっていいよな」
「だからいちゃつくなら家でやってください」
 むっとして口を尖らせたひよのに香介は本当に幸せそうに笑うのだった。
back

バカップル気味な浅鳴でした。