good morning dear
 ふっと浮上した意識を妨げることはせずそのまま瞼を上げれば、少しだけ隙間を開けたカーテンから眩しいほどの光が差し込んでいた。
 時計を見ればまだ早い朝の時間を示していて、それに安堵の息をついたところで目の前にある端整な顔に今更のように気付く。
 呼吸をしているのか疑いたくなるほど静かな眠りの中にいる相手を見ていると、微かな感嘆が漏れた。
 まるで人形師が精巧に造り上げたような造作。閉じられた瞼の奥にはアイスブルーの瞳があって。時折それが冷えた色の中に明らかな熱を持つのを知っているのは何人いるのだろう。
 怒りも殺意も凍てつかせてしまっていそうな瞳に見える、その中に自分を求める熱を見てしまった時に歩は心底『参った』と思った。
 今でもその時のことを思い出すと思わず呻いてしまう。

 どうしてくれる、と。

 自分でも途方に暮れていると分かる声音に、初め鳩が豆鉄砲を食らったような珍妙な顔を見せた相手は、今では迷子のようなこの心を知ってか少し微笑むようになっていた。それはもうこれ以上ないくらいに嬉しそうだと、彼の自他共に認める兄が面白そうに言っているのを聞いて、余計に困ったのも記憶に新しい。
 少なくとも自分の兄にだけは見られたくない、と思うが、思ったところであの馬鹿みたいに奇跡的な兄は多分気付いているのだろうし、だったらその口から何か言葉が出てくる前にその口を縫いとめるしか方法はない。それすらかなり成功率の危ういものだが。
「本当にどうしてくれるんだ?」

 いや、責任取られても困るんだけどな。

 自分の呟きに心の中でそう返して、歩は溜息を吐く。
 その吐息に気付いたのか、微かに目の前の彼が身じろぎする。
 思わず息を詰めて固まっていると、覚醒には至らなかったらしく瞼が開く気配はなかった。
 だがその代わりとでもいうように外気に触れている肩が少し震えて、何かと思えば腕が何かを探すようにシーツを辿る。
 無意識のその行動が自分を探しているのだと気付いて、歩はその手から逃れるべく相手を起こさないようにベッドから降りた。
 しばらく彷徨っていた手は諦めたのか枕の下に入ったまま動かなくなった。
「なんだかな…」
 いつもならこのままコレを置いて朝食の支度を始めるところだが、何の気紛れを起こしたのか自分の中にのどこかにここを離れたくない気持ちがあった。


 例えばそれは、この瞼を開けない相手が実は起きているような予感がするのに似て。

 気付いているけど確信はなく。それを理由に気付かない振りをしたい類の想い。


「…困った」
 さして困ったような気配もなくそう漏らして、歩はベッドの端に座った。
 相手が目を開いた時の、その瞬間を思うと無意識に笑みさえ零れそうだ。
 こんな時間を相手が知っていても、知らなくても、言うことは一言しかないのだ。それで伝わるというのならそれでいいし、伝わらなくても別にいい。
 結局こんな穏やかな朝に言えることなんて使い慣れた慣用的な挨拶くらいで、誰もそれ以上を望んでいない。
 薄く瞼を開いた相手に笑って。
 結局こんな穏やかな朝に言えることなんて。
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4万打感謝文その2。