「ずるくない?」
「ずるくない」
語尾を平坦に言い切ることで否定した歩に、火澄はむくれた。
「絶対ずるいわ」
「断言するなら最初から疑問形にするなよ」
「歩の意識度を確認したんや」
「それで結論は?」
「完璧に無意識。罪悪感の欠片もなしや。酷いなぁ」
「藪から棒に言い出しておいて独りでなに納得してるんだ?」
「積極性の問題」
呆れた歩に火澄は指を突きつけた。
「人を指差すな」
手の甲で火澄の指を横に退けて、正座をして洗濯物を畳む途中だった歩は随分と上にある火澄の顔を見上げた。
「暇なら手伝え」
「人が真剣に話てんのに『暇なら』はないやろ」
立ったままとりあえず指は引っ込めて火澄は顔を顰めが、歩は気にせず洗濯物に手を伸ばす。
「はいはい。で、なんなんだ?」
「だから、積極性の話や」
「なにに対する?」
「お互いに対する」
言葉の意味が掴めず歩が火澄を見上げると、それが伝わったのか火澄は言い直した。
「恋人に対する」
「は?」
「せやから、歩のオレに対する積極性のお話やー、言うとる」
「…さっさと手伝え」
「突っ込みも無しかい」
「反応する気も失せるお話だな」
「こっちは真剣やねん!」
「人間真剣に語ってれば正しいってわけでもないだろ?」
「違法宗教広めよ、ってわけやないんやからええやん」
「また極端な例だな」
「その方が分かりやすいやろ」
「事を無駄に大きく認識するのもどうかと思うけど」
「そんなん認識する側の判断力の問題や…って違う!話ずらさんで!」
「はいはい」
「そこが誠意が足りんねんてー」
「誠意じゃなくて積極性の問題だろ。聞いてる」
癇癪を起こしそうな火澄を軽く賺して歩は先を促した。
話が進まないことに気付いて火澄は仕方なく絡むのをやめた。
「寂しいやん」
「どこの誰が?」
「ここにいてるオレが」
「?なんで」
「恋人に素気無く冷たくそりゃあもう簡素に扱われて」
「恋人…?」
「そうや!だから自覚が足りひんって言うたんや」
腰に片手を当ててやはりまた歩を指差した火澄を見上げて、歩は首を傾げる。
「それで、なんの自覚を持って欲しいんだ?」
「…歩、ホンマにオレのこと好きなん?」
態度を一変して恐々と火澄が尋ねると、歩は少し困ったように目を瞬いた。
「…で?」
「『で?』、やないって。肯定なり否定なりして欲しいんやけど」
「否定していいのか?」
「ダメ。」
「じゃあ肯定しかないだろ」
「そんな他人の消去法で選択したんなんて信じられんし」
「お前の消去法だろ?」
「適当に丸め込も、思てない?」
「多少」
「話にならんやんけ」
「漫才したいんじゃないのか?」
「誰がネタ振りしてんのや」
「お前だろ?」
「ちゃーうーねーんーもー…」
「あー…分かった」
がっくりと力尽きた火澄に溜息をついて、歩は畳み途中のシャツを置いて火澄を呼んだ。
「ちょっとこっち来い」
「んんー?」
洗濯物の山を跨ぎ越えて、腰を折って屈みこんだ火澄の頭を歩は2、3度撫でた。
「終わり。」
「…それが歩の"積極性"…?」
「そう。」
シャツを再び畳みだした歩に小さく唸って、火澄は歩の触れた辺りに手を当てた。
「もっと別なことして欲しいんやけど…」
「後でな」
「とか言ってしてくれん方に1票」
「ならお前がすれば」
「解決になってへん」
「やることは一緒だろ?」
「気持ちの問題や」
ぺたりと歩の傍に座って、火澄は恨めしげに歩を見る。
「恋人にキスして欲しい思うんは我儘やないと思うんやけど」
「なんだ。キスして欲しいのか?」
あまりにもあっけなくそう言った歩に火澄は目を見張る。
驚いている火澄に、しかし歩が送ったのはこめかみに軽く触れるだけのキス。
「ガキちゃうて…」
「だからやりたいように後ですればいいだろ」
「してもらうってことに意義があるんや」
「なんで」
「新鮮やろ?」
「そうか?」
「…なんかオレばっか好きみたいで凹む…」
ふふふ、と怪しげに笑う火澄に歩は畳み終わった洗濯物の山のひとつ、火澄のものを手渡した。
「ほら、お前の」
「あぁ…悪いありが…」
胸元に突き出されたそれをとっさに受け取って顔を上げた瞬間、唇に柔らかな感触が掠めた。
「じゃあ後の片付け頼むな」
自分の分とおそらくまどかの分を取りながら、歩は片付け途中のシンクを指して部屋を出て行く。
「えぇー…とぉ…?」
座ったまま火澄は視線をスライドさせて、しばし反芻する。
「反則とちゃうか…?」
呟いた疑問を否定する声は無かった。