「なーるーみーさんっ」
「あーそびーましょっ」
 ドアを開けた途端に響いた2つの声に、歩は一瞬固まった。


「………いつかな」


 一言。それでドアを閉めようとしたが、しっかりとそれは阻まれた。
「つれないですね、鳴海さん。せっかく私達がお迎えに来たというのに」
「そうです弟さん!せっかく来たんですから構ってください!」
「一方的に無茶な要求するな。オレは今日は暖かい部屋の中でぬくぬくと過ごすことに決めているんだ」
「そんなのつまらないですよっ」
「つまらなくて結構だ」
 そうこう言っている間にも開けたドアから入り込んでくる冷たい空気が足元を冷やしていく。
 精一杯邪険に扱って追い返そうとする歩の果敢な努力も空しく、少女2人は常にないチームワークで歩を外に連れ出そうとする。
「大人しく行ってあげなさいよ。どうせ結局行く羽目になるわ」
「姉さん…」
「はい。コートと手袋とマフラー。私ってば気が利くわ〜」
 せっかくの休日だというのに起こされた腹いせか、まどかは恐ろしいほどの満面の笑みで歩を追い出した。
 寒空の下に放り出された歩は、観念してコートを着込む。
「皆いるから、弟さんも誘おうと思ったんです」
「皆?」
 嫌な予感がしながらも、腕に絡みつくようにして全身で人を引っ張っていく理緒にかなうはずもなく、歩は大人しくついていくしかなかった。





 “皆”という言葉に嘘はなかった。
 一部以外は自分同様無理矢理連れてこられたんだろうな、と簡単に予測できるような顔だ。
「…何してんのか訊いてもいいか?」
「やですね、鳴海さん。どこをどう見ても雪合戦ですよ」
 どこをどう見ても浅月を虐めているようにしか見えない“雪合戦”が歩の前では行われているのだが、彼女らにはそうは見えないらしい。
「だぁぁぁ!!てめーら集中攻撃やめろっつってんだろ!!」
「あんたが避けるから悪いんだよ!」
「おまっ、亮子!どーいう意味…っだぁ危ね!」
「ちなみにどっちに加わっても可ですよ、弟さん」
「………それはありがたいことだな」
 すでに両手に固めた雪玉を持っている理緒に満面の笑みで言われて、歩はぼんやりと応えた。
 雪の上を楽しげに走り出してやはり亮子の方へ加勢しだした理緒とひよの。それを追いかける気にもなれない歩は結局蚊帳の外で見物に精を出す人物に近づいた。
 さくさくと雪を踏みしめる足音に気付いたのか、彼はじっと動かない体勢から首だけを少し歩の方へ向ける。
 かける言葉が見つからなくて、歩はその視線に何を言うことも出来ずにただ黙ってアイズの隣りで足を止めた。
 そして向こうも特に挨拶を欲しがっているわけではないらしく、言葉はなかった。

「………」
「………」

 奇妙な沈黙だな、と思う。
 別に居心地が悪いわけではない。
 目の前で繰り広げられるはしゃいだ、明るい光景が遠いわけでもなく。

 傍観、というのも静観、というのも少し違う気がするのだ。

「まぁある意味『らしい』か…」
「…何か言ったか?」
「いや、」
 眉ひとつ動かさずに訊ねる相手に似たような温度の声で返すと、すぐに注意がそれるのが分かる。
 きっとこれが彼の基本スタンスなのだろう、と歩は勝手に解釈してぼんやりと空を仰ぐ。
 灰色の隙間を塗って白っぽい青空が見え隠れする。
 まだ降るかもしれない。そう思うと途端に寒さを思い出して歩は首を竦めた。
 そして黒いロングコートのポケットに手を突っ込んだまま棒立ちしている隣りを見て、その温度を感じていなそうな顔に感心していたところで。


 唐突に、その頭に雪玉が衝突した。


「うわっごめん!!でもアイズ君もやろうよー!」


 誘いながらも即座に視線を転じて理緒はまた雪合戦の渦中へ戻っている。
 それを気にする様子もなくコートに落ちた雪を払って、濡れた髪についた水滴を指先で少し弾くと、アイズはひとつ溜息をついた。
 そこまでの動作の間、歩は呆然とそれを見ていたのだが不意に別の意味で感心した。
「………なんて言うか」
「…なんだ?」
「お前に向かってそういう事ができるのは竹内かカノン・ヒルベルトくらいだろうな」
「そうか?」
「そうだな。あそこのおさげ娘も入れておく」
「………そうか」
「で、行かないのか?」
「お前が行くなら行く」
 意外な言葉が返ってきた。てっきりこちらのことなど視界にすら入れていないのかと思っていたが、一応存在を認めてはいたらしい。
「できればこのまま帰りたいくらいなんだが」
「俺も出来る事ならそうしたい」
 正直に心の底から出てきたような言葉に、歩は苦笑した。


 つまり、外構えがどうあろうと中身は―――


「案外分かりやすい、と」
「?」
「気にすんな」
 訝しげなアイズに首を振って、歩は公園の入り口に設置された自販機を指差す。
「缶コーヒーなんて口に合わないか?」
「…付き合おう」
 相変わらずの無表情。
 だが彼の足を動かすことが出来たことに密かに歩は笑った。
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いつぞやの表紙絵より。