「ここにいたのか」
軋む音を立てて開いたドアは同じような音を立てて独りでに閉まった。
閉じ込められたような、耳障りと言っていいほどの音が響く。だが閉じ込められたというには、目の前の景色は呆れるほど開放的だ。
「…もしかして探してたん?」
それならば悪いことをした、と悪びれる様子もなくフェンスに指を絡めたまま火澄が笑う。
そのまま合わせた視線をするりと逸らして、火澄は空を振り仰いだ。
一方歩は、探してはいたものの特別な用があるわけでもなく。黙って火澄の隣りからグラウンドを見下ろした。
「眩しいなぁ…」
目を射す太陽の光に目を細め、猫のような少し釣りあがったそれが柔らかに歪む。
まるで、憧憬のようなものを抱くように。
「青空が好きなのか?」
「んー…夕陽も好きやし、日の出もキレイやと思うけど…やっぱり昼間の青は気持ちええしな。歩は?」
「洗濯物が陽光で乾くに越したことはない」
「はは。歩らしいな」
同じようにフェンスに手をかけて、空を仰ぐ。眩しさに直視できないほど晴れ渡った空はまさに洗濯日和だ。布団も干してくるべきだったかと歩は微かに後悔した。
「なんか…憧れる、ゆうのかな」
「なにが」
「あんなにキレイな色に」
掌を太陽に透かしてみれば。そんなフレーズが浮かびそうな動作で片手を伸ばして日に透かす。歩には見えないが、そこに真っ赤な血潮が流れているのは確かだろう。
「高いとこにいると、届きそうやなーって思う」
何とかと煙は、という有名な言葉を思い出しながらも口からこぼれたのは別な言葉だった。
「いきたいのか?」
何気なく問うた言葉の意味を、言った本人が掴みかねた。
行きたいのか。
逝きたいのか。
それとも、生きたいのか。
音それだけではこうも意味を違える問いは、しかしそのどれも確かに訊きたい事であるような気がして、あえてどれなのかを自分の中で決定することはやめて歩は答えを待った。
「んんー…?歩は?」
あっさりと向きを変えられた矛先に、歩は眉間に微かに皺を寄せた。
「…別にいきたいとは思わないな…」
空に憧れるという気持ちも、歩にとってはあまり馴染まない思いで。空を飛ぶ鳥を羨む者があっても自分は違う。
そしてそこに他の意味合いが絡んでも、特別"したい"と切望する気持ちがあるわけでもなかった。どうにも自分は積極性というものに欠ける。自覚がある上直す気もあまりないが故に最悪な欠点だ。
「歩はきっとそうやと思った」
当たり、と楽しそうに言った火澄が「夢がない」と揶揄するように続ける。その言葉を予想していたから、歩は「どうも」と望まれない礼を言った。
「せやな…うん……」
「?」
独り何かに納得するように頷いている火澄に訝しげな視線を向けると、相変わらず相手の視線は真っ青な空を仰いでいた。
「"いきたい"、な」
それは本当に憧れるような瞳で。
「パイロットになりたい」とか「宇宙飛行士になりたい」とか。空や、さらにその先の宙へ憧れを抱く少年のような直向きな純粋さでいつかそこに辿り着けることを疑わないような目で。
どんな思いでその場所を目指しているのかなんてわからない歩は、ただ呆れるような長い溜息を吐き出して手向けるように呟いた。
「叶うといいな」
いけたら、とは言わず。その望みがせめて叶うことを、と。
- 僕らの逝く日を誰が知っているというの?