ときめきと躊躇いの妥協点
息が止まるかと思った、一瞬。
「は?冗談だろ?」
「ああ」
「………。」
即座に働いた理性が返した言葉を呆気なく肯定され、なけなしの反射神経さえ動かなくなった。沈黙するしかない。
「…お前の冗談は性質が悪ぃ」
「いや、竹内が」
「理緒?」
「言うと面白いからって」
「お前も律儀に従ってんな」
俺の寿命が何年縮んだと思ってるんだ。罪のない顔で首を傾げる歩を声に出さずに毒づく。
確めるように周囲を見渡せば、教室にいる理緒と目があった。あっちも無邪気な笑顔で首を傾げたが、歩と違って彼女の笑顔の下は毒気で一杯だ。他の誰が騙されようと長い付き合いの自分は絶対に騙されてやるものか。
「今日はバレンタインであってエイプリルフールではないよなぁ…?」
「お茶目な冗談くらい笑って流せ」
まるで茶目っ気などなしにそう言ってのけた歩は、差し出していた小さな箱で香介の額をひとつ叩いた。
「受け取ってくれないのか?」
「慎んでいただきます」
出来ることならさっきの言葉も一緒に受け取りたいのだが、そんなことは冗談でも口に出来ない。逆に、冗談で口に出来るということはと相手の裏を読めば恨めしくもなる。
「『実は前から好きだったんだ』ってホントベタな告白文句だよなぁ…」
「………そーだな」
「俺に言わせて何が面白いんだかな、竹内も」
確実に俺の反応を見て楽しんでいたとも、お前の知らない所でな!
叫んでしまいたいのをぐっと堪えて香介は拳を握った。後で見ていろ、返り討ちに遭うだけかもしれないが。
「は、ぁぁぁぁ」
「どうした?ああ、野郎に貰う程困ってないって?」
「ちげーよ」
実際困っちゃいないが、それとこれとは別問題だ。
気を取り直して箱を見る。中身はもちろん彼の手作りだろうし、ラッピングもきっと手ずからだろう。器用なことだ。
「で、返事はいるのか?お望みとあらばわざわざホワイトデーに返してやる」
「期待しないで待ってるよ」
香介がやけくそに冗談に乗っかれば、微かな笑みと答えが返った。
ああ、本当に。
言ってしまおうか。ベタにホワイトデーにでも。一ヵ月後にまだこの馬鹿馬鹿しい決意の気持ちが残っていたのならの話だが。
『実は俺も前から好きでした』
真剣に言ってしまえるだけの踏ん切りはまだつかない。ならば今妥協できる言葉はこの程度だろう。
「チョコわざわざサンキュ、な」
ハッピーバレンタイン。束の間の幸せはビターチョコより苦かった。
"逡巡と衝動の交差点" :
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青春だね!(黙れ)
070103