無自覚ストレート
「ラザフォード」
そう、呼んだ声にカノンは振り向いた。隣りにいた友人と同じように。
自国ではそうない呼び方だなぁ、とある種の感慨を覚えて視線を空へ移す。青と言うには淡すぎる色をした蒼穹に薄い雲。その光景が、自分が生まれ育った国とは違うのだという事を思い知らせる。
再び、視線を元に戻した。友人をファミリーネームで、しかし割と親しげな感情をのせて呼んだ相手は彼の隣りにいる自分の姿を確認して柔らかく誰何するような視線を向けてきた。
「初めまして」
知らず浮かぶ笑みが他人に好印象を齎す物だと、自分でも分かっている。カノンはいつも以上に惜しげもなく笑ってみせた。
「カノン・ヒルベルト、です。アイズの…そうだな、兄みたいなもの」
「ヒル、ベルト?」
「カノンでいいよ」
あっさりと告げれば、分かったと言うようにひとつ頷いて、相手は右手を差し出した。
「鳴海、歩」
「あゆむ、君…で、いいのかな?」
「ああ。よろしく」
はにかむという程の初々しさではなく、かといって微笑むという程の柔らかさでもなく、苦笑にはまるで至らない、強いて言うならそれらを少しずつ混ぜたようなほんの僅かな表情を浮かべて、相手は自然と求めそして握られた手を放した。
不思議な子だな、とカノンは思う。それとも日本人って皆こうだったかな?
すぐには答えを見つけられなそうな疑問にカノンが内心で首を傾げている時。
「アユム」
今まで一言も口を利かなかったアイズが放ったその短い音が、カノンを酷く驚かせた。
It's unbelievable!
ああ本当に信じられない事だとカノンはホテルのソファに小さな音を立ていささか粗雑に納まった。
「どうかしたのか?」
「んーん」
荒い動作に気付いたのかアイズが尋ねてきたが、カノンは簡単に否定した。そう、別に気が立っているわけではないのだ。
嫉妬ではない。面映い、とも少し違う。なんというか、座りの悪い気分を持て余しているのだ。むず痒い。これが一番近いのかもしれない。
「…『アユム』、くん、か…」
溜息のようにその名を吐く。と、耳聡くアイズがそれに反応した。
怪訝そうな瞳がこちらを向いていることに気付いて、カノンは思わず笑い出しそうになった。
「…何が可笑しい?」
「え、いや、別に?」
憮然と。その表情がまた笑いを誘うものだから、『別に』なんて言葉が信じてもらえるはずもなかった。
「カノン」
「ふ、あは、ごめんごめん」
湧き上がる笑みをどうにか堪えて、カノンは意図の違う笑みを浮かべた。
「可愛かったなぁ、と思って」
あえて主語を抜いてそう告げれば案の定アイズは誤解したようだった。カノンが言っているのはもちろんアイズの事なのだが。
面白くない。そう顔にでかでかと書いてある。カノンは再び襲ってきた笑いの発作を堪えるので精一杯だ。
彼の名前を呼ぶその声だけで、僕には分かるのに!
普段から、考えている事が読みにくいこの幼馴染の、たったの一言。名前をひとつ呼ぶ声だけで自分が分かってしまう程の気持ちを胸に持っていながら、向けられた相手は勿論、持ち主さえもそれに気付いていないだなんて。
不謹慎にも笑ってしまうのを抑えられない。
「アイズに、いい友達がいるのが、嬉しいだけだよ」
込みあがる笑いの合間に、本心を混ぜつつ少しだけ的外れな言葉を紡ぐ。嬉しいのは本当の事だし、自分に他意はない。
だというのに、何故だか不満げなアイズの顔がまだ更に変なツボを押してしまいそうだった。勘弁して欲しい。
せめてアイズが自覚するまで、色々とちょっかいを出すのは許されるだろうか。彼を気に入ったというのも嘘ではないのだし、と少し意地の悪い考えでカノンはようやく笑いの発作を治めた。
また会いたいな。せっかく治まった発作を再発させないためにも、カノンはアイズの方を見ないようにしながら、歌うように口にした。
"君の名を呼ぶ" :
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星風さまのブログで妄想お裾分け(笑) して頂き出来た作品です。元旦の記事で。
今や別物ですが…orz
星風さまのご了承を戴き、公然と挙げてみる次第。
しかし、どういう状況だか自分でも分からない。(ォィ)
とりあえず歩君とアイズ様が幼馴染で、カノン君ともアイズ様は幼馴染って設定で。
ってここから発展させないと意味ないんじゃ…!(気付くの遅い)
070103