降水確率が上昇。にわか雨に注意。
そんな気配微塵も見せない空の端に橙が混ざり始める。
夕暮れが近い時間帯の公園通りにしては珍しく人影が少ない。
なんとなく温度を求めてコートのポケットを探ると、冷たくなりかけたカイロが指先に触れる。
仕方なく指先を庇うように手を握ると、視界の隅に自動販売機。
小銭三枚と引き換えに落ちてきたコーヒー缶を取り出すと、火傷しそうな熱が手中に収まる。
その熱すぎる熱をじんわりと肌になじませる感触が妙に幸せで、温度の高いものが心に与える安心感を実感したところで。
「なにしてんだ?」
前置きも何もない。質問というよりはまるで挨拶代わりだとでも言うような言葉に歩は振り向いた。
「…お前こそ何してるんだ?」
見慣れない、だがある意味分かりやすい物を腕に抱えた香介を半眼で見やる。
「丁度いいところに通りかかったから、衝動買いしてみた」
「…それを?」
「寒いと無性に喰いたくならねぇ?」
「そうか?」
「そうそう。てなわけで」
ちょいちょい、と公園の中を指して香介が笑う。
「付き合え」
「北風吹きすさぶベンチでヤローと焼き芋…」
「贅沢言うなって。うまいだろ?」
中身のなくなった紙袋をがさがさと丸めてごみ箱に放る。
軽量のそれは、風に煽られながらもどうにか目標を外れずに、音もなく他のごみの中に紛れた。
「ナイスシュート」
してやったり、という表情で笑った香介に、歩は冷たい視線を向ける。
「お気楽だな」
「うらやましいか?」
「…心底な」
嘆息交じりの皮肉を鼻で笑って、香介は手の中の焼き芋をかじる。
それを見習って、歩も自分の手の中のそれを黙々とかじった。
少し遠い場所の子供らしいはしゃぎ声が、それぞれの家路を辿る足音に変わるのが響いてくる。
「また明日」と叫んで消える、声。
ふと我に返って見る今の状況は主観的に考えたらとても滑稽に思えたが、客観的に考えればどこにでもある日常で。
それがまたのどかな脱力感を誘う。
溜息をひとつ吐いて何気なく隣りを窺えば、その視線に気付いたのか香介が歩を見る。
「お前食べんの遅いな。つーか下手」
「…食べ慣れてないんだよ」
「こんなもんになれも何もないだろ。俺だって17年の人生で焼き芋喰ったのなんて数えるほどだぜ?」
「お前の食い方の景気がいいだけだ」
「さいで」
残りをさっさと食べ終えてしまった香介に呆れながら、ふと手を入れたコートのポケットの中にさっき買ったコーヒーがあることに気付く。
まだ熱いそれを歩は香介に差し出した。
「…何?」
「やる」
「なんで?」
「コレの礼に」
缶を持っていない方の手にあるものを示して、放り出すように缶を渡す。
「安くね?」
「付き合い賃値引いてそんなもんだろ」
「奢ってもらっておいてひでぇな」
口で文句をいいつつも大してそれを気にする様子もなく、香介は渡されたコーヒーを握った。
「まだ結構熱いな」
「猫舌か?」
「ん、いや。寒いから丁度いいと思って」
両手で握りこんだそれに、そんなもんかと頷いて歩はまたもそもそと芋をかじる。
例えば昨夜見たテレビの飽きるような内容。
午後一にあった現国教師の気怠い喋り。
互いの好み。嗜好品。
気持ち。
言葉に出来ることはたくさん見つかったが、どれも必要のないことのように思えて、ただ黙ってここに座っていられることが、歩には不思議だった。
何でよりにもよってこいつとこんな風に。
そう思いながら、別に不快なのではなくて。
むしろ、
「そろそろ行くか」
「え…?」
「ほい。サンキューなコレ」
そういってもう一度手の中に戻ってきたコーヒー缶。
訳が分からずにそれを見下ろしていた歩がもう一度顔を上げると、隣に座っていた香介は立ち上がっていた。
「カイロ代わり。手ぇ暖まったし」
「………」
「奢りのお返しはもっとイイモンで返してくれよ」
「例えば?」
「鳴海歩の手料理。暖かい部屋付きで、ヨロシク」
「………は?」
「約束だからな」
"約束"というにはあまりにも一方的な言葉で締めくくった香介が、ひらひらと手を振る。
それを黙って見送るのもなんだか癪で。
お気軽な言葉で明日を約束したり出来る子供に倣うことにした。
「また明日」
「おう、またな」
何の気負いもなくそう声が返った。
日中に比べたら格段に冷え込んできた空気が肌を刺す中、温かみが薄れ始めたそれを手の中に包み込んで歩は小さく息を吐く。
仄白いそれが空気に消えて行くのを見上げた歩は、無意識に苦笑してプルタブを開けた。
「…また、な…」
橙を残す空を眩しげに見上げて、呟く。
もう意味のない言葉が白い色を残して空気に消えるのを、歩はただ眺めてコーヒーを一口啜る。
いつか暖かい部屋で作る料理を考えながら。
thanx for 16000HIT! to 栗本様
リクエスト『ちょっと痛めの甘い浅鳴』でした。
…これがこの時の精一杯だったんだよなぁ、と思います…orz