仔猫注意報
休日の朝。
洗濯機が作業終了の電子音を響かせたのに気付いた香介はふとベランダから外を覗き見て、首を傾げた。
「なんか雲ってんな…」
洗濯日和の快晴、とはいかないまでも起きた時には晴れていたはずだが、いつの間にか爽やかな朝の光はどんよりとした雲に遮られていた。
ガラスの嵌ったベランダへの引き戸を開けて空を仰ぐ。降り出しそうという程でもないが、せっかくの洗濯した物を雨に濡らして二度手間なんて面倒は御免被りたいわけで。
「なークロ、今日の天気って…」
「あ、」
「あぁぁぁぶない!」
「あ?」
振り向いて、クロに問いかけた香介は後ろからの悲鳴のような警告に再び前を向き。
気付けば床に蹴倒されていた。
「こーすけ!」
「…『晴れ時々曇り、トコロにより一時猫が降るでしょう』」
「………随分局地的な予報だなぁオイ」
もちっと早く知りたかったんだが、と蹴倒してきた犯人、いや犯猫を身の上に載せたまま香介は呻いた。
瞬時に香介達から離れて難を逃れたクロは、床に倒れたままの香介の傍までとことこと寄ってきてしゃがみこんだ。
「大丈夫か?シロ」
「だい、じょぶ。だけど…」
「先にそっちの心配かよ…」
分かってたけどな、と少しずれた眼鏡の歪みを点検しながら上に載ったままのシロに苦笑する。
「こっちも大丈夫だから心配すんな」
「頑丈だな」
可愛げなく言って、クロは香介の上からシロを抱き上げる。ようやく胸の上のつかえがなくなった香介は痛む後頭部を気にしつつ起き上がり、はたと気付く。
シロが咄嗟に掴んだ服に薄黒い汚れが付いてしまっていた。よりにもよって白いシャツだ。
「シロお前…手!足もか?」
「…見事についたな」
「う…ごめん…」
クロの手に抱き上げられたまま、悄然と項垂れるシロの手足が案の定酷く汚れているのを確認して、香介は重々しく彼に宣告した。
「丸洗いの刑」
「うぇぇぇぇ…」
「クロ、悪い。服浸けといて」
「…分かった」
上に着ていたシャツを脱いでクロに渡し、代わりにシロを請け負う。シロは嫌そうに身じろいでも非を認めているからか逃げ出すことはせず、首を逸らして香介をやや恨めしげに見上げる。
「大体お前どこ転がってきたんだよ。髪までぐしゃぐしゃじゃねーか」
さらにはキレイな白い毛並みまで酷い汚れだ。
「勿体ねーなぁ…」
片腕で抱えた身体を逆の手で尻尾の先までするりと撫でるように確めれば、くすぐったそうにシロが笑う。
「屋上登ってたんだ」
「あそこ立ち入り禁止だろ…」
「今度クロも行こう?」
「こら誘うな!」
「ああ。気が向いたら」
「お前ものるな!」
「じゃあこーすけも行こう」
「行、か、な、い」
「気持ちいいのにな」
「…行ってまた汚してきたら丸洗いだからな」
バスルームのドアを開けながらの脅し文句。シロはびくり、と身を震わせたものの行儀のいい返事を返すことはなかった。
これはまた行くだろうな、と香介は息を吐く。しかも今度は黒い毛並みの方まで丸洗いになるかもしれない。
せめて次に猫が降る日はもっと前に予報が欲しい、と割と気に入っていた白いシャツに思いを馳せつつ香介はドアを閉めた。
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