事件もなく、平和な午後の昼下がり。
 こんな時は絶対に暇を持て余して、ソファにごろごろしているヤローのことを考えながら、あたしはもう慣れた建物のいつもの部屋に向かっていた。


「あれ…あんた一人?」
「おや、お嬢さん。学校はどうしたんだい?」
「今日は短縮授業」
「それで、ちょっと暇になった時間を有意義に過ごすべく退屈しのぎにやってきたということかい?気ままで羨ましい限りだ」
「喧嘩売ってんの?勝手に羨ましがらないでよ。そこらの学生の方がすちゃらか刑事のあんたより充分生き悩んでるわよ。どうせ午前中いっぱい羽丘さんに仕事任せて自分はのほほんと寝てたくせに」
「まるで見ていたようだな。どうして分かったんだい?」
「分からいでか」
 顔にばっちし寝ていた跡を付けておきながらよく言うよ。気付け阿呆。
 視線で訴えたところで鳴海はまったく何も感じないらしい。面の皮が分厚いからね。
「羽丘さんは?」
「いつも私はあいつとワンセットか?」
「寧ろあんたの方がオマケ」
「ふむ。オマケのおもちゃの方が時に菓子より大切だったりするからな」
「捻じ曲げて解釈しないで、素直に貶されてると認めなさいよ」
 そう言うと、鳴海は眉を顰めて唇を尖らせる。
 こんな表情が下手に崩れないのはやっぱり元の良さのせいだろう。無性に悔しいぞ。
 あんたがどんな顔したって美少女のあたしに可愛さでは負けるんだから!
「羽丘なら外のコンビニか喫茶店だ」
「あ、なんだ。お昼か…ってなんであんたは行かないの?」
「愛妻弁当があるからさ」


 ………は?
 何、愛妻弁当?

 耳がおかしくなったんじゃなければこいつは確かに言った。

 って誰よ、愛妻って。


 あからさまに疑いの眼差しを注ぐあたしの前で、鳴海はやたら上機嫌にお弁当らしきものの包みを広げている。
 そしてふたを開けたそこには。
 ありきたりな冷凍食品の詰め合わせ、じゃなくて。
 すっごく美味しそうなお弁当。なんたってこのあたしがそう思うんだから相当のもんよ。
 『料理はまず眼で楽しみ』って言うけど、本当に彩りキレイで、見たところ栄養配分もバッチリ。

 これは本気の本気で愛妻弁当なのか?

 でもちょっと意外。鳴海は家事の出来る"お母さん"タイプの女の人が好みなのか?
 なんか『母の愛』なんてこれっぽっちも必要としてなさそうだぞ。というかこんなヤツ育てられる人って見てみたいな。じゃなくて。
 こいつが母親に甘えてるところなんて想像できない。まあ、エリートに限ってマザコンだったりするんだけど、こいつを一般的なエリートに区分するのもなんか変だ。納得いかない。

 なんてあたしが考えてる間に、鳴海はさくさく箸をつけてる。
 しかもその表情がやたら嬉しそうだし。なに?そんなに美味しいわけ?

 『これはもう是が非でも食べなきゃ!』と思ったあたしの行動は早かった。

「いただき!!」
「ああ!タコさんウインナー!!」

 いい年こいておかず一つで騒ぐなって。いただきまーす。


 ………なにこれ。
 ウインナーは普通に好きだけど。というかウインナーって普通ウインナーよね。
 焼き具合も丁度いいし、冷たくなってるのも気にならない。しかも中からなんかとろっとしたのが出てくるし。
 なんかすごくこれは…美味しい。
 反則じゃないのかこんなの。

 というかこれ作った人はこんな野郎には勿体無い!!!


「只今戻りました…ってあら?」
「お帰り、羽丘。聞いてくれ。このお嬢さんがだな…」
「羽丘さん!!!」
 部屋の入り口に現れたまどか刑事を見た瞬間、あたしは叫んでた。
「こいつのお弁当すっごい美味しいの!詐欺だよなんで!?」
「お…落ち着いてくれないかしら、とりあえず」
 そうだ。混乱してる場合じゃない。深呼吸して、と。
「ねぇこれ誰が作ったの?」
「だから愛妻…」
「あんた奥さんいないじゃん」
「何を言う。かわいい人がきちんと家で作ってくれたんだ」
 胸を張って言い切った鳴海の頭にまどか刑事のかかと落としが直撃した。自業自得だね。
「どうしてあなたはそう誤解を生む表現しか出来ないんですか」
「せめて予告してくれ羽丘…弁当が台無しになったらどうしてくれる」
 この期に及んでまだそんなこと言ってる鳴海を見下す視線が冷たいまどか刑事は、溜息をついてあたしを見直した。
「警部の弟さんに会ったでしょ?」
「ああ、あの暗い子ね。歩君だっけ?」
「別にうちの弟は暗くないぞ!かわいいじゃないか!」
 馬鹿は放って置こう。
「あの子が家事全般やってるって前に言ったでしょ」
「そういえば聞いた…ってもしかして」
「そのもしかしてよ」

 絶句。
 それこそ詐欺だ。
 あの半ズボンでピアスした小学生がこれを作った?
 し…信じられない。不条理だ。やっぱり鳴海の周りの人間はおかしい!

「嘘でしょ…2人してあたしのこと騙してない!?」
「お嬢さんを騙しても一銭の得にもならないじゃないか」
 言い返したいことは山とあるのに、言葉が浮かばない。いや、浮かびすぎて逆に何も言えない。
「いつでも嫁に出せるぐらいあいつは器量よしだぞ」
「警部、歩君をお嫁に出す気ですか?」
「何をいう羽丘!そんなことするはずないじゃないか!かわいい弟を手放す気などこれっぽっちもない!!」
「それ以前の問題で、歩君は"お嫁"にはなれません」
 真面目なんだか不真面目なんだかわかんない会話が飛び交う中で、あたしはとりあえずショックを受けたままこれだけは認識した。

 鳴海清隆は極度の兄馬鹿だ。そうに違いない!

 こんなヤツの婚約者なんて、あたしは絶対に認められないぞ!













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歩君いないのに1番好評なのは何故だろう。笑