あたし、小日向くるみ。16歳なんて社会的責任を取らずに済む範囲でならやりたいことしていられる年頃のはずなのにあたしは何故かせっかくの休日の真昼間から警視庁なんて所に来てる。
 向かう先は殺人捜査専門の捜査一課。
 いつもより少し遅い時間だけど多分、いや絶対まだぐだぐだとソファに寝転んでいるんだろうと予測すれば案の定、奴はソファの上に寝転がっていた。

 ただしうつ伏せで。

 考えて見て欲しい。成人して充分経った男が背広でソファにうつ伏せている姿なんてはっきり言って気色悪い。
「おはよ、羽丘さん。何でこいつこんな状態なの?」
「ああ、なんだかまた歩君とケンカしたらしくて、拗ねてるのよ」
 いい年こいた野郎が兄弟喧嘩くらいで拗ねるな。
 なんでもない事みたいにさらっと言ったけどまどか刑事もまどか刑事だ。大分鳴海に毒されてる気がする。今更だけど。
「ケンカのせいか、朝ご飯はどうか知らないけど今日のお昼分のお弁当作ってもらえなかったらしくて。『栄養失調で倒れて「お兄ちゃんごめんね」と言わせてみせる』とかなんとか言って不貞寝したのよ」
 倒れたところであの弟君はそんなかあいらしー事なんて断固として言わないと思うけど。大体にして昼食一回分で大袈裟だ。
 しかし一度あのお弁当を味わっちゃった身としては、多少落ち込むのは分からないでもない。
 相手が鳴海である以上同情も何も湧きやしないが。
「まどかさんお昼は?」
「今日は午前中が比較的空いてたからもう行ってきたわ」
「ふーん。じゃあまだコイツに回ってきそうな事件もない?」
「そうね…今の所は」
 だからといって鳴海が寝ていていい理由にはならないんじゃないかと思うけど、起きてたら起きてたで面倒なのは確かだからつっこまないでおこう。
 かといって事件がないんじゃやることがない。
 こんなことならもうしばらくゆっくりくるのだったと後悔しながら使用主不在の回転椅子に座って足で動かしてきこきこと軋ませていたら、不意にあたしの視界に影が差した。

「あれ?」

 珍しい人がいる。
 気付いたあたしに向こうも気付いて、元々硬い表情が余計に恐い顔になった。
 表情と同じくらい硬い性格のこのおにーさんは斉木享さん。まどか刑事と同じく一課の刑事さんだけど、担当が違うからそうそう顔を合わせる事はない。そもそも斉木さんは鳴海を嫌っているみたいで顔見るだけで不快そうだから自分からは滅多に近づいてこない。まぁ気持ちは分かる。あたしだって出来ることなら鳴海の顔なんて一生見ないで過ごしたい。
 可哀相な事にまどか刑事にタイプが似ている所があるから、鳴海の方には気に入られているみたい。まどか刑事と違う点は、斉木さんは天地がひっくり返ったところで鳴海を一生好きにはならないだろうって所かな。あたしと一緒で。
 最初に言った通り性格が硬いから、あたしみたいな未成年の女の子が事件現場について行ったり首突っ込んだりするのが嫌なんだろうけど、あたしの境遇に呆れ半分同情半分ってところで一応仲はそんなに悪くはない。
「あら斉木。珍しいわね」
「野郎は?」
「警部なら…」
 そこ、とまどか刑事がソファを指差した。
 相変わらずうつ伏せで動きもしない鳴海がいる。もしかして寝てるんじゃなくて気絶してるんじゃないか?
 まぁどこからどう見ても忙しく働いている様には見えないそれに近づくと、斉木さんは手に持ってた包みを鳴海の頭の上に見事に落下させた。
 がしゃん、と玩具を落としたみたいな音がして鳴海の後頭部からソファに転がった物は、お弁当の包みに似てる。
 音は軽かったけどそれなりに痛そうだ。ざまーみろ。
「う…いきなり酷い衝撃と不協和音を喰らわされた気がするんだが」
「気のせいだ」
「?…なんだ斉木か」
 ぶつけられた場所を擦りながら鳴海はぶつけられた物を手にとって眺めている。
 やっぱりどう見てもお弁当の包みに見えるんだけど、それを斉木さんがわざわざ持ってきた理由が分からない。斉木さんとお弁当包みと鳴海。ミスマッチだ。
 だけど鳴海にはそれの意味が分かったのか、うつ伏せの状態のまま顔を顰めると斉木さんに何故だか恨めしげな視線を向けてる。

「……斉木」

 珍しく真剣味帯びたいつもよりやや低い声で、鳴海が斉木さんを呼んだ。なんだ?あたしが知らないだけでなんか重大な事件の参考品だったりするのか?
 無意識に固唾を飲んで―――ふとまどか刑事の無関心っぷりに気付いて丁度あたしが首を傾げた時に鳴海が重々しく口を開いた。


「歩の愛妻弁当はさぞ美味かっただろう」


 ……ああなんかまたおかしな単語が聞こえた。
「な!そんなんじゃなくてだな…っ」
 きっと錯覚だろうと無視しかけたところで斉木さんが焦ったようになんか口走ってる。
「どうせ『日頃の感謝の気持ちです』とか『時々はちゃんと栄養のあるもの食べないと』とか言われて渡されたんだろう。挙句『食べ終わったら兄にでも渡してください』とか言われたに違いない」
 斉木さんの表情を見るに、多分その通りだったんだろう。
「あまつ『斉木さんあーん』なんて新妻なことをよもや私の弟にさせていないだろうな?」
「んなバカな事思いつくのはお前くらいだっ!!」
 基本的に仕事以外の話で突かれると案外耐性がないのか斉木さんはすぐに頭に血が上る。そんな状態じゃ鳴海に勝つなんて無理だろうし、そんな所がまた鳴海に気に入られるんだ。斉木さんにとっては最低な悪循環だ。
「くそ…さすがは私の弟。地味にポイントを突いた嫌がらせだ」
「…なんだか知らんが渡したからな!?」
 独り言を言ってる鳴海を苛立たしげに見下ろして斉木さんは念を押すと、さっさと部屋を出て行った。
 お弁当を持って黄昏ていた鳴海は、しばらくしてそれを未練がましくソファの端に置いかと思えばまた不貞寝の体制をとりだしやがった。
「警部、いい加減仕事してください。他課から頼まれた分析の依頼があるんです」
「いやだ。今日は一日いじけて過ごす」
 物凄い情けない事を堂々と言ってのけた上司に部下からの正当な鉄拳制裁が加わった。
「血も涙もないのか羽丘!弟の酷い仕打ちに泣き濡れる時間くらいくれたって罰は当たらないぞ?」
「午前中存分に差し上げました。もう充分私に負担がかかってます」
 もうこうなればいつも通りにどつき漫才が始まるだけだ。再び暇を持て余し始めたあたしはまた椅子を鳴らしながらもう帰ろうかと思い始めてた。なんだか今日は妙にやる気が削がれてしまった。全部鳴海のせいなのは言うまでもないけど。
 せっかくの休日までもこんな事に費やさなきゃいけないなんて小日向くるみ、一生の不覚だ。



 後日、その後も時々歩君のお弁当が斉木さんに届けられてるらしい事を聞いた物凄い呆れる事になった。それが嫌がらせなのかどうかはともかく、兄弟喧嘩の一端をこんな所に持ち込むんじゃない鳴海兄弟!
 そんな奴等と家族になるだなんて本当に本当にほんとーに真っ平ごめんだ!
 次こそ、休日を無駄にしない幸せな人生を手に入れるために勝つぞ、くるみ!













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'06祭投稿品。










060325