綱吉がいなくなった。
一番に気付いたのは彼の右腕。報告書を持っていったら部屋の中がもぬけの殻だったというわけだ。
「あの馬鹿…」
低く呟いたのは彼の長年の家庭教師。愛用の帽子の鍔で影が落ちる眼は変わらず怜悧だが、剣呑な光が同時に灯る。しかし誰もが似たようなものだったのでその些細な変化に気付いた者はいなかった。
半狂乱ですぐにも後を追いかけそうな獄寺を宥め賺しつつどうにか押さえつけている山本は「どうする?」とリボーンに水を向ける。
「テメー落ち着いてる場合じゃねぇだろこうしている間にも10代目が!!」
じゅうだいめぇぇぇ!と悲痛な声を上げる獄寺に山本は苦笑する。
「落ち着けよ獄寺。少なくとも今は、な」
そりゃ俺だってすぐ行ってそこの奴等残さず倒しちまいてぇけど。低く呟かれた声に、心なしか室内が冷える。
「了平とヒバリは?あと骸達はどーした?」
「お二人は報せ聞いてすぐ行っちゃいました。後は報せたっきり返事がないです」
ハルが不安げな表情で横から告げる。
どいつもこいつも、とリボーンがまた低く呟いた。
「なぁ」
「…なんだ?」
「お前だって、ホントは行きたいんだろ?」
もう行っちまった奴等もいるんだし、作戦なんてなくて構わないだろ。
人好きのする笑顔を湛えたまま言った山本に息を吐く。彼にだって余裕なんて物さらさら無い事をリボーンは分かっている。表面化しないだけで誰も彼もが獄寺と似たようなものだ。
「しょーがねーな」
リボーンの言葉に二人はすぐに踵を返した。広い部屋に残るは非戦闘員のハルと、リボーンだけだ。
人質を取られたからといってそうほいほいボスを差し出せるわけは無い。だがそれで納得するボスならば苦労はしない。こうなる事を予測して綱吉の周りにつけていた奴等を全部出し抜いてここを出て行った奴の成長を喜ぶべきか感情に任せて勝手に動く頭の悪さを嘆くべきか。
「リボーンちゃん」
未だに可愛らしい呼び方をするハルに、リボーンは空気だけで応えた。
「大丈夫です、よ、ね?」
不安げに揺れる瞳を見やり、リボーンは唇に薄く笑みを刷いた。
「ダメダメでも俺の生徒だからな。心配すんな」
いついかなる時も揺るぎなさそうなその笑顔に、ようやくハルも張り詰めた空気を少し緩めた。
女泣かせてんじゃねーよやっぱダメツナだな。毒づいたリボーンは帽子の角度を少し直して、静かに部屋を後にした。
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