遠くでなにやら騒がしい音が聞こえる。
 意識を失う前までは耳の奥で反響し続ける音が邪魔をしていたけれど、今は比較的クリアに聞こえる。その音のせいで悪酔いしかけていたので治るのは助かるけれど。
 天国って案外賑やかなんだな。いや骸の話を信じるなら死んだら六道に振り分けられるわけで、ってことはまず閻魔様のところか。どうしよう俺悪いことするつもりは無かったけど一般的にマフィアって極悪人だよな、やっぱ地獄行きかな、なんて考えながらそろそろと目を開けるが、相変わらず視覚は戻っていなかった。広がるのは混沌とした色だけだ。自分が死んでからまだそんなに時間は経っていないのかもしれない。

 いいやもうちょっと寝よう。

 根本的に物事を投げ出しやすい性格をしている綱吉は現状把握を諦めた。差し支えるなら誰かが起こしてくれるだろう。他力に頼って再び綱吉が瞼を閉じると、さっきより音が近づいていることに気付く。
 無意識に耳を澄ませた綱吉が捉えたのは、人の呻き声だった。低く、重く、血を吐くような、というか実際吐いてるんじゃないかな、と綱吉は察する。やはりここは地獄なんだろうか。綱吉が気を失っている間にきっと閻魔様の采配は終わってしまっていたのだ。欠席裁判みたいでなんか酷いな、と綱吉がつらつらと思っている間に本当に随分と近くで音が聞こえた。鈍器で人を殴り倒すような、音。
 その音を最後に辺りは静かになった。もしかして自分の耳の方がおかしくなったのかとも思ったが、やがてひとつの足音が聞こえてきたので耳の機能は無事に回復したらしい。ほ、と息をつく暇もなくその足音は綱吉の傍まできて、止まった。

「つなよし」

 名前を呼ばれた。
 地獄だとして(未だ綱吉はそう思っていた)、鬼というのはこんな綺麗な声なのか。それにしてはやけに聞き覚えがある。
 だけど記憶の中からそれを掘り起こすのは至難の業だった。くだらない事はいくらでも思い浮かぶのに、意図して何かを思考する事に酷く苦痛を覚えるのだ。頭が痛い。なにより喉が乾いている。
「綱吉」
 再度呼ばれて、綱吉はどうにか瞼をこじ開けた。それでも薄くしか開かない眼はやはりうまくは機能しなかったが、ぼんやりと、その目に人影のようなものが映った。
「………、」
 誰だろう。口を開いたが、かさつく喉は痛むだけで声は出なかった。切実に水が欲しい。
 開いた口を諦めと共に閉じる前に、目の前の人物がしゃがみこんだ。続いて綱吉が感じたのは浮遊感だった。
 いきなり自分を支えている床から引き離されて慌てた体が反射的に縋るものを探す。無意識に手が何かを掴んだ。その途端、揺れていた体が一度止まった。
「そのまま」
 すぐそばで、さっきの声がする。
「掴んでて」
 手が掴んだものがなんなのかは分からないまま、綱吉はどうにか顎を引いて辛うじて頷く。相手に伝わったかどうかは分からなかったが、再び揺れ始めた体はさっきと違い不安定さに恐がる気配も無い。
 このまま連れて行かれるなら天国でも地獄でもいいや。綱吉は落ちてきた瞼にまたも逆らえず、目を閉じた。

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070629