幅の広い川が流れる向こう側にはお花畑。なのに足元は荒れ果てて、小石がそこらにごろごろ転がっている。
向こう岸はこの世の春、とばかりなのにどうしてだろう。あ、蝶まで飛んでる。
「…君は本当に涙が出るくらい安直な人ですね」
「へ?」
後ろから聞こえた声に振り返る。振り返り際に周りを見渡したけれども自分とその相手以外は誰もいないようだったからその声は自分に向かってかけられたのだろう。
「えーと」
誰だ。物凄く見覚えがあるのに誰なのかが思い出せない。しかし彼を見ているだけで背筋に冷や汗がたらりたらりと滑り落ちるていくのだ。なんだろう誰だ?
「君はこの状況を見てなんだと思うんですか?」
「この状況?」
目の前にやたら整った顔の人が一人。その他には何もなく、この場所に見覚えも無い。
「俺、迷子?」
「………。君はそれで構わないんでしょうけどね」
そう言う彼はそれでは大いに構うらしい。これ見よがしの溜息を吐かれたのでもう一度よく周りを見渡した。正直俺も道に迷ったわけでないならその方がいい。
「此岸は枯れて、彼岸は春。間を阻む、長い川」
詠う様に、彼は言う。『しがん』というのはなんだか分からなかったが『ひがん』に聞き覚えはある。連想し、それに川を渡ったところに花畑、とくれば。
「…三途の川?」
「ご名答」
クフ、と不自然な音で笑った相手は小馬鹿にしたような顔で頷いた。
「ってことは俺死んじゃった…んだ」
腑に落ちた言葉に呆然とする。しかし実感もなければ浮かぶ感情もあまりない。思い出せないからかもしれない。
「死んだら、この川渡るんだよね」
とりあえず浮かんだ疑問を傍にいた相手に尋ねれば、彼はなぜか僅かに訝るような、どこか不快げな表情でこちらを見下ろしていた。
「え、なに?俺間違った?」
「いえ…、いいえ、そうですね」
どっち。いまいちはっきりしない答えに綱吉は突っ込みかけたが辛うじて耐える。なんかこの人にツッコミ入れるのはマズイと本能が告げている気がした。
「三途の川を渡るには渡し賃がいるんですが」
「え、金取るの?」
「勿論です。君、所持金は?」
「いや、一円も、」
ぺたぺたと服を上から探るが、入れた覚えもないものがあるはずも無い。
「ない、です」
「では渡れませんね」
いっそ晴れやかなくらいの満面の笑みで彼はそう言い切った。
「そんな…じゃあ俺どうすれば」
「戻ればいいじゃないですか」
「戻る、って何処に?」
「さあ。知りませんよ」
無責任な、と思うが彼を責めるのもおかしい。どうしたものか、と頭を抱えていたところに彼の手が伸びてきた。
「?」
「君がここで渡れないと言うのなら渡りたくないのでしょう」
「へ?どういう意味?」
「さっさと目を覚ましたら如何ですか、」
細められた眼を見上げる。片方の目だけが赤く、文字のようなものが見える事に今更気付く。
「ボンゴレ」
ぎぅ、と伸びてきた彼の手は思いっきり人の頬を抓りあげてくださった。
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