ぴ、ぴ、ぴ、ぴ。
そう早くもなく、遅くもなく。規則的に高い音を立てるその機械に覚えはあった。心電図。自分が繋がっているのならばあれの音が自分の心拍の音で。つまり、生きているわけだ。
目を開けようとするのだが、なにかに覆われていてそれが叶わない。綱吉は探るように右手を動かした。するりと手を滑るシーツの感触がある指先。そこに別の温度が触れた。
「、レオン…?」
少し不思議な感触。舐められた事なんて数える程だけど、とっさに浮かんだのはその僅かで貴重な体験。
頷く代わりとでも言うように独特の感触が指を撫でた。尻尾だろうか。
「リボーンも、そこにいる?」
「……ああ」
少しの間を空けて聞こえた声に息を吐く。
「目、は、どうなってんの?」
「視力回復の薬を点眼したからしばらく開けんなだと。包帯巻いてある」
「そっか…っていうか俺はどうしたの?」
「覚えてねーのか?」
責めるような意図は含まれていなかったが、長年脅されてきた経験で反射的に謝っていた。ごめん、と。
「えと…ああ、そうだ。ランボは?」
「ウルセェからボヴィーノに返した」
「あ、じゃあ無事か」
「お前はアイツが来る前のダメージが尾を引いたな。しばらく安静だ。マヌケ」
「怪我人に酷い言葉だなぁ…」
「自業自得だ」
大凡は格下に聞いた、と続けたリボーンにそっか、ともう一度綱吉は頷いた。
「無断で行くから部下に余計な手間かけさせんだぞ」
「だって相談すると止めるだろ?あとはついて行くとか言い出すだろうし」
「当たり前だ」
「一人でって言われたし」
「無策で行くなんざただの馬鹿だ」
「俺のわがままなのに」
「それに付き合う為のファミリーだろ」
「そんなの俺が嫌だよ。出来る限りは大切にしたいし、それを出来るようにさせてくれたのはお前だろ?」
「…チ、」
小さな舌打ちの音に続き、呆れたような溜息がリボーンの苛立ちを孕んだまま吐き出される。
「お前は昔みてーに『助けて』って周りに泣きつく方が扱いが楽だったかもな」
もちろんそれが本心ではないことぐらい分かってはいるが、思わず空々しい苦笑が零れる。
「…でも、俺…」
手を動かすとそこにいたレオンをなんとなく撫でながら、綱吉は口を開きかけ、閉じた。
「なんだ?」
「…なんでもない」
「どこがだ」
だって皆に迷惑をかけておきながら結局助けるべきものも助けられずにいるこんな自分が次期ボスなんて。思ってしまってからはっと気付く。リボーンは俺の考えてる事ぐらい簡単に読み取る。
「あ、の。リボー」
「テメーの今回の行動は褒められたもんじゃねぇ」
綱吉の思考をぶった切るかのように言葉が降ってくる。
「でも気持ちは間違ってないぞ」
「リボーン」
「やり方が間違ってるけどな」
「…スミマセンでした…」
「二度は御免だ」
「お前も心配した?」
何気なく問うたが、答えが返ってこない。どうしたのかと訝っている内に手の中のレオンがするりと抜け出した。
「リボーン?」
「早く治さねぇと仕事が溜まるぞ、ダメツナ。それに」
獄寺が死にそうな顔してんぞ、と続けられて綱吉は蒼褪めた。少し浮上しかけた気持ちも一気に萎む。リボーンにねっちょりお説教されるのも雲雀に出会い頭に殴り飛ばされるのも骸にクフクフ笑いながら嫌味を言われるのも心底嫌だが、山本のさり気ない心配の言葉や獄寺の女の子に騒がれるような美貌がやつれ、泣き崩れるのを見るのも相当にキツイ。正直前三者より後の二人の方が自覚が無い分より胸に痛い。
「お、お、俺は、大丈夫、って、伝えておいてくださいリボーン先生…」
「言ってもどうせお前の顔見るまで回復しねーだろ」
「早く治そう。死ぬ気で治るから」
いつもの声の調子が戻った綱吉に気付かれないよう静かにリボーンは笑った。手元に戻ってきたレオンが不思議そうにきょろきょろと動く目を向けるが、それを遮るように彼を帽子の上に戻す。
「あ、あとさ」
「あ?」
「骸に『ありがとう、痛くなかった』って言っておいて」
「?なんだそれ…」
「言えば分かるよ、多分」
ふぅん、と納得のいってなさそうな声で頷いたリボーンに綱吉は欠伸を噛んだ。
「寝ていいぞ」
「うん、じゃあそうする…」
目が覆ってあるせいか、宣言するとほぼ同時に綱吉はすぐに寝入ってしまった。それを確認して、リボーンはそっと綱吉の眼を覆う包帯に触れてみた。
僅かに滲んだ水分が作る染み。相変わらずの不器用さはきっともう矯正のしようがないのだろうな。思い、知らず詰めていた息をゆっくりと吐き出し、リボーンはその手を離した。
He doesn't know how to cry well.
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interlude